VS ンジャール・ルルーノ
「クッ・・・見つかったからには・・・やるしかないのか・・・ッ!」
ンジャールはルルーノを下がらせ、全身から魔力を解放した。全身から黒い炎を迸らせて正面から臆することなく勇者に立ち向かうその勇猛果敢な姿は魔王四天王の名にふさわしい。決死の覚悟を決めたンジャールは、ルルーノの方を振り返ることなく言った。
「ルルーノ、逃げろ!ここは俺が食い止めるッ!」
「ダメよ、ンジャール!私も一緒に戦うわ!」
「バカ野郎!そんなこと言ってる場合か!」
「でも!」
ソロはそんなやり取りを棒立ちしたまま黙って見ている。ただぼんやりと、
(あのルルーノ呼ばれた魔族の女性・・・めっちゃエロいでありますな。ギリギリまで胸元を開いて・・・F・・・いや、Gぐらいはありそうな・・・ほほう・・・)
と考えていた。というのも、ソロの中で魔族に対してどう対応するか、まだ完全には決まっていなかったからである。
前回のように明確な先制攻撃を受ければ反撃するが、そうでない場合の対応はドロシーとの話し合いで「とりあえず保留」ということになっている。自分たちが殺してしまった勇者の代わりをするとは決めたものの、だからといって積極的に魔族という種族と敵対したいわけではない。むしろ知的生命体の保護は自分たちの使命のひとつであり、本当なら高度な文明を築いている魔族と敵対するなど許されない行為なのだ。
もっとも、ついさっき始末したアーク・デスロードも明らかに知的生命体だったので、どこまでがオッケーでどこからがアウトなのかは相当に主観的な判断になっているのだが・・・。
話し合いで解決できるなら、そうしたい。勇者の最終目的が魔王の殺害である以上は、いずれは敵対することにはなるのかもしれないが・・・。なんとかして、ンジャールと名乗る魔族と対話することはできないだろうか。
そんなソロの考えを知ることもなく、目の前の魔族2人はまるでレストランの会計で争うおばちゃんたちのように「私が」「俺が」というやり取りを続けている。放っておいたらいつまでもやっていそうだ。ソロは恐るおそる、脅かさないように声をかけることにした。
「あの~・・・」
なるべく優しく聞こえるように気を使ったソロの呼びかけに、しかしンジャール達はビクッと身体を震わせて飛び退く。
「来るか勇者!・・・【黒炎之爪】!」
ンジャールの手から超高温の黒い炎がほとばしり、ソロの身体を包み込んだ。
「あ、これ前にも食らったヤツでありますな。」
ソロが呟くと彼の全身から消火剤が噴出されて、黒い炎は即座に鎮火される。備えて安心、ソロの基本装備のひとつ急速冷却機能である。魔王四天王でも打ち破るのは困難とされるンジャールの黒炎魔法・・・それを一瞬で消滅させられたのを見たルルーノは、目の前の出来事に身体を震わせた。
「話には聞いていたけど、本当にンジャールの魔法が通じないなんて・・・!どれほどの力と技術があればこんなことができるというの・・・!?」
「ヤツの恐ろしさがわかっただろ、ルルーノ!早く逃げろ!」
「そんな!あなたを置いてはいけないわ!」
「バカ野郎!」
なんかループしてる感じである。なんとかして話を聞いてほしいソロは、さっきより少しだけ強い調子で声をかけてみることにした。
「あの~・・・!」
「ヒィッ!・・・来るか勇者!【極黒爆滅球】!」
ンジャールの手のひらから放たれたソフトボール大の黒い球体は、ソロの身体に命中すると大爆発を起こした。周囲の木々がなぎ倒され、飛んできた石の破片がンジャールの頬を切る。
本来ならもっと距離を取り、安全を確認できる状況でのみ使用する強力な爆発魔法・・・ンジャールはそれを、あえて近距離で使用した。自爆覚悟の決死の攻撃であった。
「うぉぉ・・・超びっくりしたであります。」
だが、ソロは当たり前のように立っている。彼の全身を覆う装甲板は1センチにも満たない薄さで、一見なんの変哲もない金属の板なのだが、その実体は高性能の爆発反応装甲である。一定以上の圧力が加わると小規模な爆発を起こすことで攻撃を分散し、ダメージを軽減することが可能なのだ。さらに一度使用した装甲はナノ技術により自動的に修復され、数秒で再使用可能となる完全なSF仕様。ンジャール程度の魔法使いなら10人ぐらいが集まって一斉に攻撃を仕掛けない限りはダメージを与えられない程度の防御力があり、オマケに装甲の下のボディは装甲がなくても十分に強固である。
なのでソロはンジャールの魔法を食らっても「びっくりした」程度で済んでしまい、それを見た魔族コンビは歯をガチガチ鳴らして怯えることになってしまうのだ。
「びっくりした・・・だと・・・!?ば、化け物め!」
「ンジャール、下がって!わたしがいくわ!」
「バカ、早く逃げろ!」
完全にループしてる感じである。困ったソロは、両手を天に向かって伸ばした。ホールドアップ。攻撃の意思がないことを示す万国共通のポーズである。
もちろんこの星においてもそれは、基本的には降伏を示すポーズであった。だが、例外もある。魔法使いの場合は両手を上げて使用する魔法もあるため、一概に降伏のポーズと受け取られない場合があるのだ。ましてやソロは魔族から魔法の達人と誤解されている身だ。
案の定、ンジャールは身を縮こまらせて結界を展開した。必死の形相で身を守る彼の前に、半透明の膜が展開される。
ソロは両手を上げたまま、できるだけ優しく声をかけることにした。
「あの〜ちょっとお話を」
「アノーチ・ヨット・オハナシオ・・・!?聞いたことのない呪文・・・俺の結界で防ぎきれるのか・・・!?頼む、逃げてくれ、ルルーノ!」
「駄目よ!戦う時も、逃げる時も一緒じゃなきゃ絶対に駄目・・・!」
「ルルーノ、お前・・・!」
「ふふっ・・・ずっと一緒よ、ンジャール!」
思ったよりぜんぜん話を聞いてもらえそうにない。ソロは本格的に困った。無駄にいい感じの雰囲気になっている2人を見ると多少イライラもしてきた。だが我慢だ。ここで諦めたらドロシーに無茶苦茶に怒られるからだ。
そういえばドロシーはどうしたのだろうか。見れば、ずっと遠くでまだ飛び散った魔物の死骸を回収している姿があった。
(ドロシー殿・・・あの、ちょっと困ったことが・・・)
(なによ!?今、忙しいんだけど!?・・・あ、ここにも大きな骨の欠片みっけ!)
(ちょっと立体映像だけでいいからこっちに来てほしいのでありますが・・・)
(ええ?今すぐ行かないとダメなの?あと5分ぐらい後じゃダメ?あ、ゾンビの肉片みっけ!)
(・・・まぁ5分くらいなら、この状況は変わらない気がしなくもないでありますが・・・。)
(そ、じゃあ5分後ね!やったー!ゾンビの目玉もあったわ!ゲノム指数たかーーーい!)
通信を終えたソロがふとンジャールを見ると、いつの間にか結界が消え、ヒザをついたまま肩で息をしている。目の下にはクマが浮かび、相当に疲労しているらしい。
「くっ・・・両手を上げたのはブラフ。俺に全力で結界を張らせ、魔力を無駄に消耗させる作戦だったのか・・・!圧倒的な魔力を持ちながら、確実に相手を始末するために手堅い戦略を展開してくるとは・・・本当に恐ろしいヤツだ、勇者め!」
「え、いや、別にそんなつもりは・・・」
「なんてこった・・・これじゃあ俺はもう闘えねぇ・・・すまん、ルルーノ。まんまとヤツの戦略にハマッちまったようだ。」
なんか知らないうちに勝ったらしい。ひょっとしたらこれで話ができるのでは?と思ったソロだが、もちろんそんなはずはない。弱ったンジャールの前に、妖艶な美女が進み出る。ンジャールのように黒い炎を身に纏ったりはしていないが、その代わりに彼女はひときわ魅力的に、妖しい色香をもってソロの目を釘付けにしていた。
そう、それこそは【悪夢の幸】ルルーノ・ブランティーノを魔王四天王に押し上げた、彼女のもっとも得意とする魔法・・・誘惑魔法の効果である。
その魔法を前にした者は男も女も老いも若いも関係なく心を奪われ、たちまち彼女の前に跪いて永遠の忠誠を誓うことになる。この魔法に抗うには、単に強い魔力を持っているだけでは不十分である。自分の精神を完全に支配し、他者からの干渉を撥ね退ける強さ、揺るがぬ自己というものを持っていなければならない。それは例え魔王四天王でさえ容易なことではなく、魔法のターゲットから外れているンジャールでさえ、気を抜けば彼女の前に身を投げだしてしまいになる。
「う、うぉぉ・・・なんというエロさ・・・これは正直、たまらんのであります・・・。」
(あれ、効いてるのかしら・・・?ホントに?)
ちょっと前かがみになっているソロを見て、ルルーノは内心驚いていた。優れた剣士が身体を鍛え抜いているのと同様に、魔法の達人というのは漏れなく精神を鍛え上げている。そのために誘惑魔法も効きにくく、特殊な香水やお香、言葉や仕草による催眠などを駆使することで術中にハメていくのが普通なのだ。当然、勇者にもそういった戦略を試みるつもりだった。
だが目の前の勇者はどうだ。まだ誘惑魔法を展開しはじめただけなのに、すでにわかりやすいほどに興奮している。
「はぁはぁ・・・うっ・・・これは本当に・・・はぁはぁ・・・。」
(イケる・・・これはイケるわ!見ててね、ンジャール!)
ルルーノは確かな手応えを感じた。自分の魔法は通じるのだ。この機を逃してならない。彼女は魔力を全開にし、さらに言葉による洗脳を試みた。
「ふふふ・・・可愛い坊やね。」
「はぁはぁ・・・。」
「さぁ、こっちにいらっしゃい・・・かわいがってあげるわ・・・」
「・・・いや、しかしこんなところではちょっと・・・興奮するといえばするのでありますが、もう少しでドロシー殿が来てしまうでありますし。」
「え?」
「だいたい、ンジャール殿が見ているのでありますよ。あ、そういうプレイがお好みでありますか?上級者でありますなぁ。」
「え?なんでそんな冷静な・・・ひょっとして・・・私の魔法、効いてない?」
「え?魔法?なんのことでありますか?」
「・・・そ、そんな・・・。」
はぁはぁ言っていたわりに、ソロの言葉は冷静そのものだった。さらには自分が誘惑魔法を使っていたことにさえ気がついていない。自分の誘惑魔法は、気にもならないほど無力だというのか・・・。実際にはロボだから洗脳とかぜんぜん効かないというだけの話なのだが・・・ルルーノの自信は木っ端微塵に打ち砕かれ、彼女はその場に座り込んでしまった。
「あれ、大丈夫でありますか?体調が悪い時に上級者向けのプレイは良くないでありますよ?」
「ヒ、ヒィィィッ!」
「ちょっとソロ、なにやってんのよ!?」
ソロが座り込むルルーノに手を差し伸べようとした時、ふいにドロシーの声が響いた。ノソノソと大きな馬が茂みをかき分けて入ってきて、そのまわりを小さな妖精が飛び回っている。
馬からはわずかに死臭が漂っていて、それを見たルルーノはついに恐怖で失神した。
「魔族の人たちじゃない!しかもなによ、戦闘してたの!?話が違うじゃないの!」
「いやいや、そうじゃないのでありますよ。一方的に攻撃されて、話が聞いてもらえなかったのであります。」
「あら、そうなの・・・?前回の事といい、好戦的な種族なのかしら。でも今は落ち着いているみたいね。話ができるといいけど。」
「そうでありますな。ところで、魔物の死体は十分に食べられたのでありますか?」
「ええ。とても美味しかったわ。もっと食べたいわねぇ。」
それを聞いていたンジャールは、身体に残った最後の力を振り絞った。食われるという根源的な恐怖が彼の身体を突き動かしたのだ。倒れているルルーノを抱き上げ、残った力でどうにか宙に飛び上がる。
「あ、ンジャール殿。ちょっと待ってほしいのでありますが」
「ゆゆゆゆゆゆ勇者よ!これで終わったと思うなよ!」
ルルーノを抱えたンジャールは、よろめき、時々高度を落としながらもなんとか飛び去っていく。ソロとドロシーがその後ろ姿を残念そうに眺めていると、サーリアとヘンリエッタがガサガサと茂みをかき分けてやってきた。
「あれは魔族!?くっ・・・私がもう少し早く来ていれば、この槍のサビにしてくれたものを!」
サーリアは悔しがっているが、彼女が槍の腕前を披露するのはまだまだ先になりそうだ。ヘンリエッタはソロの隣にやってくると、ウキウキした声で言った。
「あれ・・・撃っていい?」
魔法使いヘンリエッタ(狂)




