微かな違和感
無事に受験はクリアして、高校でも、僕は野球部に入った。中学校ではそれなりに活躍していたし、何より野球が好きだったからだ。別にプロになりたいとか、そんな大それた望みは持っていなかった。甲子園には行ってみたいなぁ、とか、普通の野球少年が持つくらいの『野望』は抱いていたけれど。
何の変哲もない高校生活は、可もなく不可もなく過ぎて行って。
「ねえ、最近、視力落ちたりしてない?」
学校からの帰り道、ごくごく平凡な日々を漫然と過ごす僕に、不意にそんなことを訊いてきたのは、幼稚園の頃から一緒にいる幼馴染だった。
結構、可愛いんだ。
三軒向こうに住んでいて、幼稚園のみならず、小学校も中学校も同じ。
気付くと、だいたい一緒にいたりする。
小さい頃は、他の男の子からいじめられるたびに僕にしがみついてきたものだった。その延長で、最近では『虫除け』に使われている気がし始めていたけどな。
いつも傍にいるからか、時々、他の男子から「彼女には彼氏がいるのか」と訊かれることがある……そこで、僕が『彼氏』と思われないのが何故なのかは、解からないけれど。
そんな彼女は、野球部にマネージャーとして在籍していた。
――入部したいのだけどどうだろうかと彼女から相談を受けた時は、ちょっと、嬉しかったのを覚えている。
「ねえ、どうなの?」
あまりにも突拍子もない問いかけについ反応が遅れた僕に、彼女がまた訊いてくる。
「なんで? 別に、普通に見えるよ」
「……でも、ここんとこ、なんかエラーが多くない?」
「まあ、受験で一年のブランクがあるからさ」
「そう……? そんなもんかな……」
僕は笑って軽くあしらったけれど、確かに彼女の言うとおり、中学の時よりも球を見逃すことが増えた。
だけど、実際受験明けだし、仕方がないんじゃないかと思ったんだ――その時は。
彼女の方に視線を流しながら歩いていた僕は、道路にはみ出していた庭木の枝に全く気付かず、勢いよく頭をぶつけた。
「いてッ! クソ! ちゃんと伐っとけよな。……大丈夫、その内勘も戻るよ」
照れ隠しで少し笑みを浮かべながらそう締め括った僕を、彼女は眉をひそめて見上げていた。
「なら、いいんだけど……」
そんな言葉を交わすうち、僕たちは彼女の家の前まで辿り着いていた。彼女は言いたいことが残っているようだったけれど、結局、曖昧に微笑んだ。
いつもなら、彼女の笑顔は僕の胸をほんわりと温めてくれる。でも、今日のは少し、違っていた。
「保健室で視力検査できるから、一回してみたら?」
彼女はなおもそんなセリフを残しながら、玄関の中に消えていった。
どことなく違和感を覚えつつ、心配してもらったことに気を良くした僕は、翌日、言われたとおりに保健室で視力を測ってみた。
結果は、全然異常なし。下から二番目まで、ハッキリ見えた。
ほら、やっぱり何もないじゃないか。
元々、そんなに心配していたわけじゃないけれど、それでも、何となくホッとする。
――僕が『避けようのない現実』に直面するのは、それから一年後のことになるんだ。