十周目、草原。
――始まりの草原。
我が家のある小さな村から少し歩くと、魔物の生息する草原が存在する。
この草原を越えなければ村から王都には辿り着けない。逆に言えば、草原さえ越えてしまえばあとは安全な道なりに進んで行けば王都に着く。
「……面倒だからって王都に行かなかったら行かなかったで『勇者のくせに王に挨拶しにこないとは何事か!』なんて捕まえられて投獄とかほんと理不尽、最早どこにどうツッコミを入れてほしいのかさえわからん」
一度この草原から王都へは向かわず、道を外れて最初のボスが存在する森の方向へ向かったことがある。
順番的には『村→草原→王都→草原→森』なのだが、当時俺は周回を効率良く済ませようとショートカットを試みた。
結果から言うなれば、魔王討伐までの時間が短縮どころか逆に増加。先程の独り言が過程だ。
それからは他の周回で効率が上がる行動を模索。大体これまでの経験で最短ルートは探し出せた。今回のここまでは間違いなく最速だ。
「ま、最速で周回してもどうせすぐに次の周回なんだけども。何すりゃ抜けられるのかね、わけわかめ」
「……装備なしで能力値カンストって、こいつらからしたら絶望的なんだろうなあ」
一匹のスライムが俺を見つけ、攻撃を仕掛けてきた。考え事の邪魔になるので相手はしないが。
レベルマックスというと経験値が意味を為さないことから、道中の魔物と戦う必要は皆無。更に能力値カンストとなると、魔物から逃げる必要もなくなる。
魔物から受ける攻撃のダメージがほぼほぼゼロになるからだ。
倒す理由もない、逃げる理由もないと、どうなるか。
「そりゃこうなるわ」
現在、魔物を引き連れて(勝手に魔物が攻撃しながら着いてきて)王都までの道を行進中。
攻撃が効かないと理解ができる知能の高い魔物はもうどっかに離れてったため、今俺の周りにいるのは知能の低いスライムばかりだ。
「ピギャー」
「ピギャーピギャー」
「ピギャーピギャーピギャー」
このスライム共、「ぴぎゃー」という鳴き声だけを発するだけで、他にすることといえば跳ねたり、タックルしてくるだけ。
この鳴き声に、特に意味があるとも思えない。仲間同士で情報の伝達をしているようにも見えないし、ただただうるさいだけである。
「着いてくるのは別に勝手だけど、ピギャーピギャーうるさくしないでくれないかな」
「プギャー」
「おい、どれだ今煽った野郎」
ごく一部のスライムには伝わり、しかも『伝わってないとでも思った?』みたいな意味を込め、煽る知性まで備えてるみたいだ。前言撤回。
スライムの生態をこんなにまじまじと観察した周回はなかったため、煽られた苛立ちよりも、好奇心の方が上回っていた。
「プギャラギャラ」
「……と思ったけどやっぱり腹立つわ。完全に煽りながら笑ったよな、今」
「プギャらなう」
「今のは煽りなうみたいな意味か、わかってきたぞ」
「どうやら勇者のヘイトを溜めることに成功したみたいプギャ」
「……ん?空耳……じゃないよな」
ぷぎゃぷぎゃというスライムの鳴き声に混じって、人の言語が耳に入る。『プギャらなう』だけだったら空耳かと納得できたが、二言目はもう明らかに言語だ。
「プギャー空耳じゃないプギャよ、プギャアやめてよして切ろうとしないで分裂しちゃうプギャ」
一匹だけ攻撃してこない、いい意味で頭のおかしいスライムを群の中から掴み取り出し、剣を向ける。
どうやらこのスライム、煽るだけじゃなくて会話もできるみたいである。
俺の頭がおかしくなって言語として認識してしまった可能性も微粒子レベルで存在するわけだが、まあその小さな可能性はこの際置いておこう。
今までこんなスライムと遭遇したことはなかった。いや、言葉を理解しかつ話せる魔物なんて、ボスクラスか冒険後半の人型魔物――魔人ぐらいしか出会ったことがない。
「そろそろ剣をよけてほしいプギャ」
俄然この存在に興味が湧いてきた。
「……何でお前は人の言葉を話すことができる?」
「ぷぎゃ?」
会話が出来るスライム。こうなったらもう、全部が全部納得出来るまで質問責めである。まずは外堀、言語の習得からだ。
ちなみに無能はよくこのような場面で『貴様、何者だ!』などと大雑把すぎる質問をする(経験談)が、それは何も情報を引き出せていない。返ってくるのは役職の『中ボス』やら『四天王』やら、大体既知の事実だからだ。(例:『貴様、何者だ!』→『我は四天王が一人、なんちゃらかんちゃら也!』)
倒すことには変わらないわけで、役職だけわかったところで、それがどうというのか。どうせならもっと有益な情報を出せと。
まあ、既知とは言っても周回してる俺だけしか知らない事実が殆どだから仕方がないんだけども。
閑話休題。
「頑張って学んだからぷぎゃ。時間さえあればスライムだって喋れるようになるぷぎゃよ。……プギャー、やっとまともに勇者と話せたぷぎゃ、嬉しいぷぎゃ」
「ふむ。頑張って、ねえ」
「スライムだってやれば出来るぷぎゃよ!」
やれば出来る子、それをジェスチャーするかのように飛び跳ねるスライム。
魔物の知能は未知数。頑張って理解したと曖昧な答えでも納得せざるを得ない、か。
ちなみに『ぷぎゃ』と煩わしいスライム特有の鳴き声が言語に混じっているのかと思っていたが、どうやらこいつの『ぷぎゃ』は、口癖のようなものみたいである。
ぷぎゃに関して(言語に関して)は無理矢理理論づけたが、それ以外で冷静に考えたら大事な部分を聞き逃していた。
「……何で俺を勇者だと知っている?」
今、俺の中でこのスライムが『興味深い異質なもの』から『討伐しなければならないかもしれない異質なもの』へと見方が変わった。
まだ魔王討伐の旅開始から、一時間が経過したかどうか。俺を勇者だと知っているのは、現時点では母と、王様とその関係者のみ。この情報が魔王や魔物達に伝わるのは、最初のボス――森のボスを倒してからだ。
いくら他のスライムより知能が高いと言っても、それは現時点では知り得ない事実だった。
「ふぎゅー、秘密ぷぎゃ……話すぷぎゃ、話すぷぎゃから剣を向けるなぷぎゃ」
「俺がお前を殺すべきか否か、選択するのはお前だ」
「……切るだけじゃぷぎゃは死なないけどぷぎゃね、ぷぎゃには敵意はないから降ろして欲しいぷぎゃ」
このスライムがもし人型だったなら、武器なし敵意なしと両手を頭の上に挙げていただろう。そんなことを想像させるぐらいに、スライムは落ち着いた声色をしていた。