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十周目、始まり。

現在、十周目。



 「……はいはい、どうせ目を開けたらいつも通りの愛しい愛しいマイベッドの上なんでしょうよ、知ってる知ってる」


 つい先ほど魔王を倒し、いつものように世界は暗転。いつものあれだと気付くのにかかる時間はほぼ皆無。目を開ける前に気付くようになったのは、全く嬉しくない自身の成長でもあった。


 今回は何か変わった点はないか。半ばヤケクソ気味に期待をしてみるが、部屋の外からの「勇者、今日は旅立ちの日よ、早く起きなさい」とかいう母の変わらない台詞を聞いて溜め息が俺の口から零れる。


 目を開き、横に見える窓の外の景色に目を向け、再び零れる溜め息。雲一つ見えない、青空。絶好の冒険日和だよ、こんちくしょうめ。



――もう何回目かも、自分では覚えていない。母の多少の台詞の違いや、窓の外から見える景色の多少の違い。細かな違いはあるにしろ、大まかな流れは決まっている。今回は最も回数を経験したと思う、あの母の台詞と青空の組み合わせ。



 目覚めて数秒で現状に絶望しつつ、周回始めの恒例行事となったステータスチェックを始める。

<ステータス>


名前:勇者

職業:勇者

レベル:999

経験値:MAX

能力値:ALL999

スキル:省略

装備:無し



「……おめでとう、俺。ああ、もうクソが」



 例に漏れず、経験は前回、そしてそれより前の冒険のも全て引き継いでいた。レベル、能力値の値は999がマックス。つまり冒険始めからもう、最強の状態。


 最強の勇者。前回の魔王を倒した経験で、とうとうこの境地に達してしまった。一周目の無邪気な俺なら素直に喜んでいただろう。しかし今はそれに対して嬉しいなんていう感情は微塵も感じない。


 寧ろ絶望具合がマックス、いや限界値を突き抜ける。


 『状態異常:絶望』を引き起こしながらベッド上で死んだ魚の目をして万歳をする俺。


 こんな状態を母に見せつけてやれば、もしかしたらこの周回で何か変化が起きるかもしれない。そんな考えが頭を過ぎるが、どうせ母に滅茶苦茶心配をかけるだけだろうと、考えるだけに留めておく。



――さて、そろそろ旅立ちの時間だ。いつまでも状態異常:絶望を引っ張っていないで、準備を始めるとしよう。どうせ周回プレイの運命からは逃れられないのだから。 さて、勇者歴……何周目かももう忘れてしまったが、俺が勇者ロードに関してはプロフェッショナルなのに相違ない。これからすべき行動は全て脳に焼き付いている。



 寝間着から冒険の服装(俗に言われるテンプレ勇者格好)へと着替えながら、部屋の端に置いてある初期装備の一つであるリュックサックへと目を向ける。


 冒険の準備には慣れたもので、荷造りは昨日のうちに済ませてある。……とは言っても、勿論今絶賛周回中の俺が準備したわけではなく、赤ん坊から旅立ちまで問題なく過ごしていた一周目の俺が準備したものである。


 リュックサックの中には最初の一人旅、王都への旅路に必要な地図や携帯食料、道中の魔物から逃走するための煙玉なんかが入っている。何周もした今の俺に必要なのは、この中にはもうない。道は全部覚えてるし、魔物から逃げるのに道具も必要ない。一周目では時間のかかった最初の旅も、レベルマックスの今だったら出発から一時間もかからない。よって、食料さえもいらない。


 まあ残念というべきか、わかりきっていたことだが、今の俺に一番必要な夢と希望なんていう臭いものは、一片のかけらも入ってはいなかった。


そんなただ単に余計な荷物その一、リュックサック(その二はこのすぐ後に貰う)を背負う。


 勇者プロフェッショナルこと俺はこの行為の重要性を充分理解している。余計なイベントは起こさない。……大丈夫だ、寝ぼけていない。



 自分の姿の確認のためと見た鏡に映る俺の姿は、『ザ・初期装備勇者』と言ったところ。もう何周もしたせいで年齢なんて意味を為さない数字になり果てたが、今日で勇者こと俺は10歳の誕生日を迎える。


自分で言うのもアレだが、こんなチビクソガキがよく魔王討伐に駆り出されるものだ。世も末を感じる。文字通り魔王さんのおかげで世も末、世紀末状態だが。



「僕、勇者10歳。魔王退治、頑張ります!……はあ」

 不必要なイベントを起こさないためにも、10歳に恥じない言動を心掛けなければならない。一応鏡前で練習するが、まだ違和感なく出来るみたいだ。10歳に恥じない言動が何周もした俺は苦痛で仕方がないが。



 よし。そろそろ母に挨拶しに行こうか。どうせ同じことの繰り返しだろうが。

「……それでは行って参ります、お母さん」



 定型文と化した挨拶。母は泣きながら俺を見送る。



「ああ勇者、私のかわいい勇者。あなたに旅させるのは不安で不安で仕方ない。せめてお父さんの形見のこの剣を持って行きなさい」


「ありがとう、お母さん」



仕方がないので形だけは一周目と同じように。このイベントは、泣く母の目に俺の顔が写っていないのが幸いだ。今の俺の冷めた顔を見たらぎょっとするに違いない。



 この母、10歳(仮)が魔王なんて大層なものを討伐しに行くというのに、不安で仕方がないだけなのか。この出発のイベントを三回ぐらい体験してからそう思い始めたのが、このイベントが嫌いな理由。

 実はこれが伝説の剣で最強装備になるなんて、この母は知りもしない。言うなれば、ただの御守りみたいなものだ。お荷物にしかならない大きな御守りを渡すぐらいだったら、何か他にすることがあるだろうに。


 あ、言わずもがな、この剣が余計な荷物その二である。今渡されなくとも必要になれば貰いに行くから、頼むから荷物を増やさないでくれ、母よ。 ちなみにこのイベント、二周目の時は俺自身がパニックになっていたため、それと周回がどのようなものか理解出来ていなかったために、割とホラーな出発イベントとなった。


 俺さっき魔王倒したけどなんかおかしい、そんな話をしたが母は聞く耳を持たず、形見の剣を受け取るまで先程の「ああ勇者(以下略)」を延々と繰り返すのだ。


 そんなん怖くて泣くに決まってる。それからというもの、余計なことをしないように心掛けて行動するようにしている。



「母はいつもあなたを見守っていますからね」



どうやらこのイベントに表情は関係なかったみたいで、難なく終わりを迎える。


 冷め切った俺からしたら、もううんざりだった。一周目は俺も不安で泣きついたりしたものだが、体験済みの旅をただ消化するだけの作業になり果てた今、そんな涙なんて出るわけもない。憎らしく思えるぐらいだ。




 余計なことはしない、そう思っていてもせめてもの抗いとして後ろ向き、無言で手を振って、歩き始める。母に、ではない。どうせまたすぐ周回して戻ってくるであろう我が家に。



 こうして十周目の魔王討伐の旅がスタートした。

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