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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第1章 伏魔殿
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第9話 古代の魔石入れ

 謁見の間は、ひたすらに美しく飾られている。各国の大使や貴族が王に会うための場所には、それなりの華美さが必要となるのだ。レムナード製の幾何学模様が美しい絨毯に、壁にはタクト神話をモチーフにした豪華なタペストリー。正面には赤と青で彩られた葡萄と碇の紋章がついた国旗。その下に、ライオンの足を象った肘掛けのついた豪華な革張りの玉座がある。赤毛が混じった白い長髪に、同じくらい長い髭の老人が、玉座に腰をかけていた。美しい細工と大きな宝石のはまった王冠を被っているその老人に、王女は膝を曲げて優雅にお辞儀をした。


「ガルガンチュア・グレイフォン・ティルキア王。

 ネフェリア・グレイフォン・ティルキア、ただ今参上つかまつりました」

「よろしい」


 王はまだ赤毛が少し残っている眉を上げ、謁見の間にいる兵士達を見回して命令した。


「皆外せ」


 その一言で、ざっと膝を引き、お辞儀をする。潮が引くように、兵士や貴族達は一斉に正面の出口から出ていった。今更ながら、彼女はこの挙動に慣れなかった。彼女もいずれこの椅子に座り、一言発するだけで部屋中の、いやティルキア中の国民を動かせる立場にならなくてはいけないのだ。


「さて、ネフェリアよ」


 全員が出ていったことを見計らって、王は言った。


「先ほどの騒ぎ、お前がおさめたらしいな。斥候に聞いたが、なかなかの機転であった」

「お褒め頂き、ありがとう存じます」


 王女は再び膝を折って、王の言葉を受け取った。しかし、と頭の中で警鐘が鳴る。呼び出された理由は、古代竜についてだったはずだ。斥候が見ていたのであれば、全て報告済みだろう。ならば、どうして直々に人払いをしてまで呼び出されたのだろう。


「呼び出した理由は、別にある。ネフェリア、最近妙な男を従者にしたそうだが」

「失礼ながら」


 彼女は頭を下げたまま言った。竜と対峙したときも、魔物を倒すときにも平気だったのに、なぜか今冷や汗が出てくる。


「後宮の従者は、私の一存で選べるはずです」

「選ぶに足る人間であるならばな」


 王が玉座を降りる音がして、彼女は頭を上げた。王が近くに寄り、見透かすかのように王女の顔をのぞき込んでいる。皺の中に埋もれているのは彼女と同じ緑色の目だ。だがその瞳は冷たく光っていた。


「確かに見目はいいと聞いた。だが奴の素性を知っているか」

「いいえ。しかし、悪い人間ではありません。彼とは街で会いました。運悪く店の窓から落ちそうになった私を助けるため、危険を顧みずに受け止めようとしてくれたのです」


 ……事実とは多少違うが、そういうことにしておく。王はじっとこちらの瞳を見ている。目をそらしたら負けだ。いつもと同じ顔をしていますようにと願いながら、王女は王の瞳を見返した。


「……街に出ることについて、今とやかくは言わん。儂は反対だが。だが、今の問題はあの従者だ。あれは貴族ではない。調べさせたが、魔術師くずれだ」


 見当はついていた。初代魔王の杖を欲しがるなど、魔術師でなくてなんだというのだ。しかし、くずれというのは気にかかる。


「タクト神教でさえもない上、奴は杖授前に魔術師協会にも破門されておる。今は魔術師見習いでもなく、魔術教の信者でもない。破門理由は禁術書の窃盗未遂だそうだ。従者にしておくには信用がなさすぎる」


 彼女に散々馬鹿だのなんだの説教をしておきながら、セトも相当の無茶をやってきたらしい。そもそも王宮に忍び込もうなどという考えがおかしいと、彼女も思う。だが、この二週間。魔物狩りにしろ、彼は文句を言いながらも必ずついてきた。泳げないと分かっているのに崖を下ったときも、一緒に魔物を倒しに行ったときも、彼女を心配してついてきたのだということが露骨に読み取れた。

 それに、人に言えないようなことをやってきたのは彼女も一緒だ。それも相当に後ろ暗いことを。


「お言葉ながら」


 彼女はうやうやしく言った。


「セトは貴族ではありません。ですが、私が断言致します。彼が誠実な従者であることに間違いはございません。窃盗未遂のことも、何かよほどの理由があってのことでしょう」

「ほう、随分肩を持つな」


 冷たい声音で言う王の前で、彼女はにっこりと笑った。


「もう一つ申し上げますと、私の従者はむしろ貴族でないほうがよろしいのでは。貴族であれば、いずれ綻びが出るかもしれませんから」


 彼女がそう言うと、王はそっと視線を逸らした。確かにそうだ、と思っているのだろう。こちらの勝ちだ。


「……わかった、お前の好きにするがいい」


 ただし、と老王は付け加えた。


「奴を雇った責任は取れ。もしものときは……」

「私が責任を持って、彼の首を斬りましょう」


 彼女は優雅にドレスを広げ、低くお辞儀をした。冷や汗は最後まで止まらなかった。






 耳ががんがんする。王女がいなくなったことで弾みを付けたのか、兵士長の説教は長く続いた。耳元で怒鳴られ続けてやっと解放された後、セトははふらふらする頭を抱えて自分の部屋戻ろうと、中庭を通り抜けていた。この中庭は、タクト神と十二人の使徒達が彫られた柱で支えられた吹き抜けの回廊で、正面の王宮と王の家族が暮らす後宮のちょうど真ん中にある。幾何学模様で縁取られた四角い人工の貯水池もあり、そこにうっすらとティルキア城が映る様は美しい景観だった。もう急ぐ必要もないので、赤絨毯の廊下を兵士を蹴り倒しながら正面突破するのはごめんだ。そう考えて、彼は人の少ないこの道を選んだつもりだった。

 だが、柱の一つを通り過ぎたときに、ぐっと腕を掴まれた。また兵士の説教だろうか。彼はうんざりして振り向き、そしてその人物を見て露骨に嫌な顔をしてしまった。

 背の高い、茶色のマントを羽織った男が、セトの腕を掴んでいた。宮廷魔導師のカレルだ。宮廷には、魔導師が交替で警護に当たっている。その中の一人がこの男だということを、セトは忘れていた。カレルが、馴れ馴れしく話しかけてきた。


「驚いたな。こんなところで何をしている」

「俺は魔術師協会から破門されたんだ。どこへ行っても自由だろ」


 彼は不機嫌に言い、腕を振り払った。とたんに、片頬が熱くなり、その後で痛みが襲ってきた。カレル魔導師に殴られたのだ。


「まさか初代魔王の杖が目的か? 今すぐリュシオンの妄言から目を醒ませ。

 そして、また私の弟子になると誓え。ならば、私から魔術師協会にとりなしてやってもよい」


 リュシオン先生がいなくなってしばらくしたとき、カレル魔導師から魔術師の助手の仕事を依頼された。リュシオン先生と反発していた派閥の人物だったので、何かおかしいとは思ったが、もはや後ろ盾がないセトに他の選択肢は無かった。

 助手という言葉の実態は、ほどなく分かった。リュシオン先生への不満のはけ口と、ストレス解消の玩具の総称だ。

 だが、カレル魔導師の助手にもうまみはあった。彼は魔術師の中でも高位の者が持てる、禁術書庫への鍵を持っていたのだ。その鍵さえあれば、世界で数人しか知らないという、杖を作り出す方法が書いてある禁術書が盗み出せる。そのために、セトは従順にカレルの助手を演じてきた。

 だが、禁術書の持出しも失敗に終わった。今、彼ができることは、唯一持ち主が決まっていない杖——初代魔王の杖を自分のものにすることだけだ。

 もう魔術師協会とは何の関係も無い。カレル魔導師にも同様だ。それに、リュシオン先生に対するカレルの不遜な態度に、セトは我慢ができなくなっていた。


「あんた達はもう用済みだ。好きなように派閥争いでもしてろ」


 カレルの顔が赤くなり、ぎっとセトを睨んだ。


「私がせっかく目をかけてやっていたのに! その恩を仇で返すのか!」


 そのまま壁に後頭部をぶつけられ、意識が朦朧となる。ずるずる身体が滑り落ちていく。ぼやけた視界に、カレル魔導師の杖が出現したのが見えた。壁に手をついて逃げようとしたが遅かった。呪文とともに杖が振り下ろされ、背中からビリビリと身体中に電撃が走り、セトは思わず声を上げた。カレル魔導師が目をかけるとはこういうことだ。

 身体が痺れて動けない。セトは、髪を乱暴に持ち上げられて苦痛に呻いた。ぼやける視界に、カレルの拳がうつる。避けることなど出来はしない。


「待て」


 凜とした声が聞こえ、カレル魔導師はあわててそちらを振り向いた。そして、セトはどさっと落とされ、ごろっと横向きに転がった。


「これはこれは、姫様。お初にお目にかかります、私は宮廷魔導師のカレルと申します」

「そうか」


 ちょうど王宮から出てきたところだった王女はどうでもよさそうな返事を返し、脇に転がっているセトを見下ろして眉を上げた。


「で、私の従者が何か粗相でもやらかしたのか?」

「この者は……魔術師協会の裏切り者でございまして」

「だからどうした。とにかく今は私の従者だ。従者の粗相は私の不始末。彼がお前に何かしたのなら、私が謝罪しよう。すまなかった」


 謝罪になっていない口調で、彼女は凄むように言った。そして思い出したように付け加えた。


「そうそう、お前は魔術を使っていたようだが、王宮で有時以外杖の使用は許されていない。今回は見逃してやるから、即刻立ち去れ」


 何も言えないカレルが低くお辞儀をして去っていくのを、セトはまだぼうっとした心持ちで見ていた。


「おい、大丈夫か?」


 赤毛をさらっとなびかせて、彼女はセトを覗き込む。


「大丈夫、軽い電撃だ」言ってみたものの、手足の痺れはとれず、身動きできない。


「ここじゃ目立つな。移動しよう」


 王女が言い、ひょいとセトの腕を取ったかと思うと、膝の下に手をまわす。


「ちょっと、何する気だ! 止め……」


 制止の言葉も聞かず、まるで騎士に抱き上げられた姫様の恰好になる。余計目立つ。そして誰かに見られたら恥ずかしさで軽く死ねる。


「まあそう言うな。大体、お前が気絶したときもこうやって運んだし」


 そう聞いて彼は落ち込んだ。まさかの二回目だった。


「オリンピア邸まで走れば大丈夫! それに、昨日見つけたもののことも相談したいしな!」


 そう言うと、彼女はセトの体重をものともせず、すごい勢いでオリンピア邸に走り出した。この王女の体力は底なしだ。彼は動かない身体で、必死に祈った。神にも一の根源にも見放されたが、救ってくれるのなら何でもいい、どうか誰にも見つかりませんようにと。


 彼らは何とか、誰にも会わずにオリンピア邸に入った。木箱に頭を持たせかけられ、セトはほっと一息ついた。ここはもはや二人の秘密基地だ。たまに王女がとんでもないものを連れ込む秘密基地でもあるが。

 セトが痺れて動けずにいるのにも構わず、王女はどさっと地面に座り、うきうきした調子で話しはじめた。


「いや、すっごいものを見つけたんだ! 歴史の授業のときによっぽど出そうかと思ってたんだが、結局そこまでいかないうちに竜の騒ぎが始まってしまって」


 あれ以上歴史学者を怒らせる気だったのか。偶然にしろ、竜があのとき子供を迎えに来てくれて、むしろ助かったのかもしれない。大体、何を見つけたというのだろう。

 そういぶかるセトの前に、ちゃりっと音を立てて小さなペンダントが差し出された。セトは瞬きを繰り返した。銀色に輝いているが、銀にしてはキラキラ光る縞の光沢が見える。彫られている模様は薄くなっていた。ペンダントはロケットのように、中心で二つに割れ、中にものを入れることができるようになっている。ただ、普通の絵や遺髪を入れておくものとは違い、完全な球体だった。しかし、大事なのはそこではない。


「見ろ、私だってこの紋章くらいは分かる。街の人形劇でも見たことがあるしな」


 王女はその擦り減ったペンダントの表面を指差した。盾の中に、骨のような翼とダイヤ型の身体、そして三つの尾をもつ鳥の紋章。セトは目を見開いて、その鳥の紋章を凝視した。禍々しいと嫌われ、帝国が滅びてからは使われることのなかった紋章だ。ヴィエタ帝国、初代皇帝シド・ヴィエタの紋章が、刻まれている。これがもし八百年前のものならば、一大発見だ。しかも、この形は間違いなく魔石入れだ。魔力を込めた丸い石を入れておき、いざというときに使えるようにしまっておくためのペンダントに違いない。そして、この一見銀のように見えて一切風化していない光沢は、ミスリルとしか考えられない。


「どこにこれが?」


 ここだ、と何でもないことのように王女が言った。


「竜を寝かす毛布を捜すとき、うっかり木箱をひっくり返したんだ。そしたら、木箱に隠されてた地面で、何かが月明かりに照らされて光ってた。何かと思って引き上げたら、ずるっと土から出て来たんだ。魔王の紋章付きなんてすごいだろ?」


 魔石入れには、自身の紋章を刻むのが一般的だ。それが金より貴重なミスリル製なら、持っているのは貴人の可能性が高くなる。そして何より、ヴィエタ帝国はシド・ヴィエタ皇帝の一代のみで滅びた国だ。従って、その持ち主は限りなく限定される。


「……すごいなんてものじゃない。これは八百年前、ここでヴィエタ帝国皇帝が落としたものかもしれないぞ」

「おおっ! やっぱり? そうじゃないかと思ってたんだよな!」


 嬉しそうに、王女はそのペンダントを自分の首にかけた。


「似合うかな? なかなか格好いいな、これ!」


 魔王のペンダントをよく恐がりもせずに首にかけられるなとか、貴重な歴史的遺物をただのアクセサリー扱いするなとか、言おうと思えば何とでも言えた。

 だが、セトは何を言う気も起こらなかった。別のことで頭が一杯だったからだ。

 やはり、初代魔王の杖はこの王宮のどこかにある。彼は確信して、痺れた首を無理矢理もたげ、穴の空いた屋根の隙間から見える青空を眺めた。

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