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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第2章 魔王討伐隊
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第35話 魔王の警告

 ウルグに凱旋した魔王討伐隊は、またもや歓呼の声を上げて迎え入れられた。

 八名の犠牲者と三十名の怪我人という痛手を乗り越えて、化け物を倒したのだ。ちなみに八名の中の一人には、フードも入っていた。


「お前達海賊どもの案内で帰れたのは奇跡だな」


 ラクダの上から手をふりつつ、ラインツがジュリオに向かって文句を言った。


「仕方ないだろ。俺達は南に進むことは出来るが、涌き水の場所なんかはうろ覚えだったからな。帰り着いただけでもよしとしろ」


 いけしゃあしゃあとジュリオが答え、ロビもその横で頷いている。セトはその様子を苦々しげに眺めた。

 この兄弟のおかげで帰り着いたのも確かだが、途中で水場の一つを通り越したのは痛かった。結果、セト達のような下の身分は嫌々ながらラクダの血をのむ羽目に陥った。

 絶対まずいに違いない、と彼は飲む前から嫌な予感がしていた。実際飲んだ瞬間、他人に譲り渡したものもいる。しかし、飲んでみると違った。鉄臭い味だが、まずくはない。むしろ、喉へすっと入っていく。セトがごくごく飲み干しているさまを見て、皆妙な顔をしていた。甘い物を好むレムナード人とは味覚が違うのかもしれなかった。


 もう食べ物も水も尽きかける、という死に物狂いの行軍の後、うっすらと地平線にウルグの影が見えた。それだけで涙ぐむ兵士もいた。

 帰ってきたウルグの街の垂れ幕は、『魔王討伐成功万歳』へと変わっていた。道には薔薇の花びらがまかれているが、そこを通る兵士達は前と違って砂の色に染まった布を身につけ、よれよれになりながら進むラクダに乗っている。むしろ来たときのほうが、凱旋の雰囲気に近かった。しかし街の人々の熱狂はそのボロボロな姿すら英雄の証に変えてしまっていた。両手に包帯を巻いた隊長が無理をして手を挙げるだけで、声援が沸き起こった。


「いや、この短い期間に二匹もの化け物退治とは素晴らしい成果ですな」


 相変わらず金銀と宝石の中に埋もれたような服を着たウルグ辺境伯が、部隊を宮殿前のバルコニーで待ち構えていた。


「一匹は本当に、強大な化け物だった。犠牲者の八名にゴルダの神のお導きを」


 隊長が深く頭を下げ、目を閉じた。そして頭を上げ、続けた。


「あれがおそらく魔王でしょうな。我等はそれを倒し、ここまで帰って参りました」

「なんと、まるで古代の英雄のようですな。腕の具合はどうですかな?」

「かすり傷でございます、辺境伯殿。それより、兵の休息場所の確保を御願い致したい。皆、疲れ果てております。怪我人には医者を。かくいう私も恥ずかしながら怪我人ですが」

「ゆるりと休まれよ! 今宵はまた趣向の変わった酒宴があります故、昼のうちにたっぷりと休憩なさるがよい」


 えびす顔の辺境伯が言った。酒はいただけないが、水やきちんとした食べ物があるだけで大歓迎だ。それだけでこの街へ帰ってきたかいがあるというものだ。


 兵士達はすぐに兵舎や病院に送られた。外国人部隊やセトが案内されたのは、前と同じ部屋だった。ここを出発したのがほんの一週間前だとは思えないほど、懐かしく感じた。もう戻ることはないかもしれない、と心の隅で考えていたからだろう。

 部屋はきちんと整頓されていて、水桶とレムナード式の白い長衣すら用意されている。澄んだ水で身体を洗い、久しぶりにさっぱりとした。


 だが、心の中には相変わらずもやもやとしたものが残っていた。

 今すぐベッドに飛び込んで眠りたかったが、部屋の鍵を確かめ、小さな声で杖の呪文を唱えた。


「なんだ、お前処刑されてなかったのか」


 呼び出された杖はさらっとひどいことを言った。


「いいから、黙っててくれないか」


 セトは、集中して索敵の呪文を唱えた。杖の先に、小さな光がともる。

 魔物の魔力を吸収したのであれば、その中に少しは『多産の魔王』のものも入っているかもしれない。それは、砂漠を歩いていたときに、絶えず考えていたことだった。

 自分自身に索敵をかける魔術師などいないだろうが、果たしてうまくいくのだろうか。

 と、突然光が大きくなり、バリバリと雷のような精霊の唱和がなり響いた。耳鳴りのような高い音も同時に聞こえだし、どんどんひどくなる。


「なんだ、これは!」


 セトは眩しさに目を細めて、杖に尋ねた。

 そのときだった。音の合間に、静かだがはっきりと声が聞こえた。


『魔王に盾突く愚か者。即刻索敵を止め、自分の国に帰るがよい』


 金属的で、ぞっとするような声色だった。知らず知らずのうちに、鳥肌が立つ。


『我に近付く者は皆、絶望に沈んだ者共よ。

 その淵に皆何を望む?

 力だ。自身の怒りを、悲しみを表せる、最高にして漆黒の力だ。

 彼等は自ら望み魔物となる。

 初代魔王の杖を持つ魔術師よ。そなたも同じだ。

 力を欲した故、その杖をここまで運んできた』

「違う! お前と同じなんかじゃない!」


 知らず知らずのうちに彼は叫んだ。

 ははは、と魔王が笑った。


『己の運命も知らぬ痴れ者め。

 いずれそなたも自身のためだけに力を使い、暴君となるであろう』


 その言葉を最後に、耳鳴りも、雷のような音も一気に引いていった。何かに突き飛ばされるようにして、セトは床に転がった。心臓がどくどくと脈をうっている。魔王は、彼が初代魔王の杖を持っていることを知っているのだ。


「まずかったな。相手の方が一枚上手だった」


 転がった杖が、いつもとは違い真面目そうな声色で言った。


「奴は索敵されるのを想定していたんだ。俺の精神共有の力まで使って話をしやがった」


 セトは急いで杖を持ち、外を眺めた。

 土壁の外は、なにもない砂漠だ。だが、確かに魔王はまだ存在している。そして、わざわざ初代魔王の杖を持つ者、と警告してきたのだ。


 古代遺跡で出会った魔物は、強力だったがやはり魔王ではない。あれよりもっと強く、たちの悪いものが未だこの砂漠に潜んでいる。

 彼はぎゅっと杖を握りしめて呟いた。


「『多産の魔王』を倒さなければ」



 そのとき、どんどん、と大きなノックの音と共に、マリアンの切羽詰まった声が聞こえてきた。


「おい、助けてくれ!」

「どうした!」


 まさか、今の魔王との精神共有で大変なことが起こったのか。彼は急いで杖を消すと鍵を開け、扉を大きく引いた。

 セトと同様身体を洗ったのだろう。レムナードの白い服を着て、髪の毛をほどいた姿のマリアンが、必死の形相で立っていた。その脇に、困ったような顔をした二人の召使いが立っている。


「こいつら、私に女の格好をさせようとするんだ!」


 彼女の言い分を聞いて、セトはほっとしたというよりも呆れ果てた。恐れていたこととは随分レベルの違う危機だ。


「いや、貴女は女で間違いないと思う」

「そういう問題じゃない! 私は英雄赤騎士、リアン・フェニックスだぞ!

 かっこいい鎧姿が一番だって言っているのに、この召使い達は聞く耳を持たないんだ!」


 セトが何も言えずにいる間に、召使いの一人が冷静に話した。


「リアン様、出陣の壮行会ならともかく、凱旋祝いの際に女の方が鎧で出席されるのはマナー違反です。特に、今回伯爵様は凱旋のお祝いのために、とっておきの趣向を凝らしておられたのですから。伯爵様には従っていただかなければいけません」


 さあ、着替えに参りましょう、と両脇から腕をとられて、彼女は情けなさそうな顔で引きずられるように行ってしまった。セトは見たことがある構図だな、と思いながら見送った。服の採寸や肖像画のモデルのとき、いつも両脇から固められて連れて行かれる。流石に命令に従っているだけの召使いの女を振り払うほど、強気には出られないようだが、嫌なことは十分伝わってきた。


「そうそう、貴方様にも後で着替えが届きます。凱旋の祝賀会にはその服で参加していただきます」


 召使いの一人が振り向いて言った一言が、一瞬理解できなかった。が、とたんにマリアンの嫌な気持ちが手に取るようにわかった。他人に服装を指定されるのは、どうも支配されている気分になる。


「俺もなのか?」

「そうです」


 何でもないことのように、召使いが言った。


「他の方々も、全員です。何しろこの一週間、伯爵様は祝賀会についての企画を考え抜いていらしたのですから」


 ……なにか他にするべきことはなかったのか。そう言いたかったが、あえて黙った。辺境伯への批判と捉え兼ねられない。

 マリアンは行きたくなさそうに、ずるずると引きずられるようにして長い廊下を歩いて行ってしまった。


 一体、この祝賀会で何が起こるのだろうか。さっきの魔王が直接話しかけてきた件は気になるが、その前にもう一つ、別の形の試練を乗り越えなくてはならないようだった。

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