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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第2章 魔王討伐隊
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第33話 古代遺跡のサンドワーム

 レムナードの兵達も、砂と同じ色の服を着たシャールバの民達も、すでに剣を抜き、ぴりぴりとした雰囲気が漂った。一触即発かと思われたそのとき、朗々とした声が響いた。


「双方、剣を引け! 身内での小競り合いなど、何の得も生まないぞ」


 そんな偉そうな台詞が誰から出たのかと思っていたら、セトは隣にマリアンがいないことに気付いた。

 彼女はいつの間にか遺跡の広場の中心に出て来ている。慌てて、彼は彼女の横に走った。なぜ、この王女はいつも後先を考えて行動しないのか。どちらからも一撃で殺される距離に、堂々と腰に手を当てて仁王立ちしている。どう考えても人として重要な部分が欠落している。

 しかし、いつも通りフードは聞く耳を持たなかった。


「何なの、あなた。言っておくけれど、外国人部隊だからといって、私達は容赦しないわ」

「この馬鹿者が」


 レムナードの隊長が苦い顔で言い放った。


「我らに刃向かう者は、全てその場で切り捨て御免という許可が皇帝から出ているのだぞ。

 せっかく助かった命で、むざむざ殺されに来たのか」

「シャールバが王国に戻るまで、私達は何度でも兵士達を殺し尽くす! それに、私達を全員処刑したところで、砂漠の案内人もなしに、果たしてどれだけの人数がウルグに帰れるかしら? 十中八九、行き倒れるわ」


 レムナードの兵とシャールバの民は、相変わらずにらみ合っている。だが、流石に最初の攻撃は躊躇しているのだろう。レムナード兵は隊長が許可しない限り攻撃しないことになっているし、シャールバの民はどう考えても三十人ほどで、レムナード兵に挑むには人数が足りない。硬直状態が数分続いた。が、その間に耐えきれなくなったのか、フードがいきなりナイフを振りかざし、隊長目がけて走ってきた……正確には、隊長の間にいるマリアンとセトを目がけてだ。セトは黒曜石のナイフを引き抜き、マリアンは刀のつかにてをかけた。


「やめろ!」


 今度は少し離れた場所から鋭い声が響いた。


「今は人間同士争っているときじゃない!」


 ラインツが眉間にしわをよせて蒼白になり、間に入りこんできた。


「黙りなさいカサン人! これはシャールバの民の聖戦なのよ!」

「そんなことをしている場合じゃないと言っているんだ!」


 優男の格好はどこへやら、剣聖と呼ばれた男は気迫に満ちていた。


「魔気が濃くなってきている! 皆、来るぞ!気をつけろ!」


 その鬼気迫る様子に、呆気に取られていたレムナードの隊長をはじめ、マリアンやセトも思わず辺りを見渡した。

 その瞬間、張り裂けるような轟音とともに、砂の中からうねうねと光る巨大な円柱がつきあがってきた。ぐちゃ、という嫌な音とともに、血しぶきがあがった。はるか上空で、数人の兵士が悲鳴をあげて手足をばたつかせている。ぬめぬめとした円柱のてっぺんには大きな口がついていて、そこに挟まれているのだ。

 なんという醜悪な魔物だろう。足が多すぎる魔物も嫌いだが、一本も足のない魔物も生理的に気味が悪い。セトが半ば麻痺した頭でそう考えたとき、ぐちゃ、とまた咀嚼する音がして、悲鳴が止んだ。

 目のない蛇のような魔物は、餌がわらわらとそこにいることを感知したらしい。血にまみれたあぎとをがっと開け、レムナード兵達に倒れかかった。兵達は、おっとり刀で切り付けたが、鱗のような皮膚は剣を通さない。セトやマリアンが魔物のそばに駆け付ける前に、その魔物は二、三人を食い、刀を奮う人間が増えてくると、邪魔だと言わんばかりにドンと嫌な音をさせて、また砂に潜っていった。


「今のが、魔王なの?」


 フードも実際出てくるとは思ってもいなかったらしく、ククリナイフを構えてはいるものの、目にした光景が信じられないようだ。


「だから言っただろうが、争いをしている場合じゃないと!」


 ラインツが剣を持ち、じっと地面を凝視している。

 そうだ、思い出した。彼は魔力が見えるのだ。

 セトはマリアンの手を引き、なるべくラインツの声が聞こえる場所へと走った。


「そこだ!」

 ラインツが指差した場所から、また怒号と悲鳴があがる。

 薄茶色の魔物はまた砂漠に立った遺跡の円柱のように棒立ちになり、兵士をくわえ込んだままばしゃっと水へ沈むように砂へ戻っていった。このままでは、皆やられてしまう。


「次に出てくる場所を教えろ! 私がそこまで走る!」


 マリアンがラインツに言ったが、彼は首を振って叫んだ。


「だめだ、皆、一旦高い場所へ登れ!すごいスピードで移動していて、どこからどう出るかわからん! しかも……なんなんだ、この魔物は! 複数いるのに、魔気は一つしか感じない!」


 そのとき、二匹の蛇が海から顔を出して獲物を狩る鮫のように、交差しながら兵達を食らった。こうなれば、シャールバの民もレムナードの兵も関係がない。全て魔物の食料だ。


 壊れかけた遺跡の階段目がけて、慌てて兵達は上がっていった。しかしその建物の階段は脆く、沢山の人々が一度に上がったため、音を立てて崩れてしまった。その音を聞きつけてか、大口をあけた魔物が階段下の砂から現れ、逃げ遅れた兵を巨大な口でまるで人形か何かのようにもぎ取る。


「いや、これはまずいだろう、兄貴」

「やれやれ、大変なことになっているな」


 青い髪の双子が遺跡の一番高い石柱に、いつの間にか上っている。セトはいち早く逃げ出した双子に舌を巻いた。


「お前達、いつからそこに?」

「俺らはマストに上るのは慣れているからな」


 のんびりした様子で、彼等は話した。どうやら、自分自身の安全が確保できれば、それでいいらしい。海賊らしい考えだ、とセトは憤慨しつつも、マリアンに手を引っ張られるように、遺跡中央にある固い岩で出来た大階段へと走った。


 そんな中、フードだけが当初の目的を忘れていなかった。

 レムナード兵の隊長の周りが手薄になった瞬間、彼女は疾走した。

 ククリナイフを喉元へ突き付けようとする。

 が、隊長も剣で応戦し、ガキッという金属音とともに、ククリナイフと三日月刀が数回交錯した。フードが繰り出すナイフを、まるで玩具のように弾き返す隊長。

 と、二人の動きが止まった。ぎりぎりと互いの刃が鳴る。鍔ぜり合いになったのだ。


「それどころじゃないぞ!」


 ラインツが怒鳴ったのと同時に、隊長が素早く一歩引き、フードの腹を勢いよく蹴った。

 そのとたん、轟音とともに二人が立っていた場所に魔物が砂から飛び出してきた。

 恐ろしい歯をがちっと噛み合わせようとする。

 隊長が、大きな顎に飲み込まれていく。

 が、かろうじて隊長の三日月刀が、牙と牙の間に突き刺さっているのがセトから見えた。

 しかし隊長も無事ではないようで、腕から血を流れ出している。


「危ない! アル・エルタ・セリア!」


 マリアンが今まで持っていた長剣を捨て、早口で呪文を唱えた。

 手から眩しい光と共に、黄金の剣を出し、そのまま、苦悶の声をあげる魔物の口へ突っ込んでいく。シャリン、という剣とは思えない音を出して、二つの牙が吹っ飛んだ。やはり、魔物と魔力を断ち切る剣の相性は抜群だ。

 そのまま切り上げると、怪物は上顎を切られ、女のような悲鳴を上げて血を飛ばしながらまた砂の中へ潜り込んだ。


「隊長を頼む!」


 マリアンが魔物の口から引き抜いた隊長を、手近にいた兵士に渡す。兵士は目を丸くして隊長を引きずって運んでいった。


 こんな場所で呪文を堂々と唱えるなんて何を考えているんだ! とセトは叫びたかったが、はたと気付いた。

 血まみれの兵士達を救える力を、彼は持っている。

 なのに、今まで魔術師とばれないようにすることだけを考えてきた。

 柱に登って高みの見物を決めこんでいるあの海賊達と、何が違うのか。


 ラインツが姿を現した別の魔物に駆け寄り、魔術装甲破壊を施された剣で砂から半分だけ出ている魔物を切り付けている。

「おおおお!」という声ともに斧を振り下ろしているのはビョルンだ。この暑さでも鉄の兜は脱がず、一刀で鱗を通し、魔物の肉まで切り裂いている。

 シャールバの民も、レムナード兵も、揃わぬ装備で必死に戦い、或いは防戦している。

 だが、この魔物達は減らない。何体も執拗に、襲ってくる。


 このまま、何もせず、ただ仲間が死んでいくのを黙って見ているだけか。

 それとも、覚悟を決めるか。二つに一つだ。


 彼は、高く手を掲げた。そして、静かに神聖ヴィエタ語で唱えた。


「『真の心よ、来たれ我が手に(アル・エルタ・セリア)!」


 黄金の杖がその手に収まった。近くにいたレムナード兵が、はっとして彼の顔を見た。しかし、もうかまってはいられない。セトは杖に話しかけた。


「風でこの遺跡の砂を根こそぎ吹っ飛ばす。できるか?」

「やってみなくちゃわかんねえよ」


 聞き損の返事が返ってきただけだったが、それでもセトは満足した。

 それはそうだろう、やってみなければ分からない。砂さえなくなれば、魔物が何匹いるかも分かる。

 セトはできるだけ大声で叫んだ。


「皆、目を閉じてどこか固い岩へ掴まれ! 今からが本当の魔物狩りの時間だ!」


 そのまま、神聖ヴィエタ語の呪文へと移る。


『風よ、大地をまとい、彼方まで飛翔せよ』


 一言ごとに、輪唱に似た声がセトの周りから聞こえてくる。精霊の唱和がここまで荒々しいのは初めてだ。耳を塞ぎたくなる絶叫と言ってもいい。そのとき、階段上にいるセトを狙ってか、魔物が砂からざっと飛び出してきた。しゃりん、とまた剣のなる音が聞こえた。真っ二つになった魔物が、血をまき散らしながらのたうつ。マリアンがこちらを満足そうに見ていた。セトは、不思議と自分が微笑んでいるのを自覚した。


 杖の先には、隠しようもない青い炎が燃えている。カッと閃光が走ったかと思うと、目を開けていられないほどの竜巻が周りの砂だけを空の彼方へと吹き飛ばしていった。舞い上がる砂に、誰一人目を開けていられないほどの大砂嵐だ。しかし、人は誰一人飛んでいかないよう風の量が制御された竜巻。これが魔術というものだ。セトも目に砂が入るのを防ぎながら、砂が足下から消えていくのを見ていた。


 砂がある程度なくなったとき、彼は薄目を開けて周りの様子を確認した。他の人々は目を覆ってはいるが、無事のようだ。マリアンも砂だらけになっているが風に飛ばされてはいない。砂に埋もれていた遺跡が姿を現す。随分大きな遺跡だった。そして、その迷路のような通路に、今まで彼らを捕食していた蛇のような魔物が転がっていた。

 セトはそれを見てぞっとした。蛇のような魔物だ、と思っていた。しかし、実態はちがったからだ。丸く、太った豚のような気味の悪い胴体が姿を現していた。その本体から、枝分かれした蛇のような頭が無数に出ていた。砂の中を走り回っていたのは、本体のほんの一部だったのだ。そりゃあ、怪我をしたところで致命傷にはならないわけだ。

 やはり、砂がなければ動けないようで、蛇のような魔物の一部はずるりずるりと這ってはいるが、随分のろまだ。


「行ってくる!」


 マリアンが、本体目がけて迷路のような遺跡の上を駆けていく。それを阻止するように立ちはだかる蛇の頭を、まるで何でもないことのように剣で滑らかになぎ払う。そして、豚の胴体のように肥大した巨大な本体へと瞬く間にたどり着いた。ラインツも、ビョルンも、誰も想像したこともないようなスピードだ。

 セトは不思議だった。あのひとが走り、剣を振り上げる。それだけで、すでに安心出来た。英雄赤騎士に、不可能などない、という言葉が胸に蘇る。

 マリアンは遺跡の壁から飛び降りざま、豚のように太った魔物の肉体に黄金の柄の剣を突き立てた。絹を裂くような悲鳴とともに、魔物は真っ二つになった。

 その途端、頭のない蛇たちも、がくりと地面に倒れ、そのまま永遠に動かなくなった。


 魔物は、倒されたのだ。英雄赤騎士によって。


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