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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第2章 魔王討伐隊
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第32話 化け物とシャールバの民

「あんたが砂漠の案内人なのか?」

「そうよ」


 フードに話しかけてみたが、返事は短く、取り付くしまもなかった。だが、セトは果敢に尋ねた。


「北へ向かうというのは本当か? 西じゃなくて?」

「私は砂漠の案内人。オアシスと魔王の存在には誰よりも詳しいわ」

「しかしどうして、山岳兵が砂漠の案内人をしているんだ?」


 マリアンが、空気を読まずに話に入り込んできた。

 そのとたん、フードの下の彼女の顔が引き攣った。


「教えてあげたでしょう。レムナード帝国の魔術師の扱いを。

 私達も同じ。シャールバ王国が滅び、私達は住む場所を追われた。

 居住地としてあてがわれたのはこの砂漠。ここに定住できた者だけが生き延びたのよ。

 今はその経験を活かして生活しているというわけ。わかったら、どこかへいって頂戴。

 私、外国人部隊とは話さないことにしているの。レムナード人ともね。私は仕事をしてお金をもらうだけ」

「どうして、話さないんだ? 長旅なんだ、ちょっとくらい仲良くなってもいいだろ」


 マリアンの提案に、フードは相変わらず暗い顔をして首を振った。


「私はレムナード人であってもシャールバの民。でも、レムナードでは爪弾き、シャールバの山にはもう帰れない。故郷のある貴女に話したところで、わかるはずがないでしょう」


 そう言い捨てて、彼女は行ってしまった。セトとマリアンは顔を見合わせてため息をついた。あれでは冷静な話などとても無理そうだ。


「だが、多産の魔王がもっと西にいるって計測は確かなのか?」


 マリアンがそう聞く。彼は力強く肯いた。


「もちろん。リュシオン先生の計測は正確だった。

 魔物に残るわずかな魔王の魔気を探し、索敵魔術を使っていたんだ」

「魔気ってなんだ?」


 つい、マリアンに魔術の知識が一切ないことを忘れていた。これでは基礎から説明しなければなるまい。


「常に体内からにじみでる魔力の残りかす、みたいなものかな。

 魔物だけじゃない、普通の人間でも持っている。

 魔気はそれぞれ違うから、きちんと抽出できれば、個人を特定できる。

 でも、魔王の魔気を捉えるのは失敗することのほうが多かった。

 魔物自らの魔気に邪魔されて、多産の魔王の魔気が見えないんだ。

 だから複数の地で魔物を倒して、索敵魔術で魔王のいる方角を徹底的に洗い出した。

 あの計算に間違いがあるとしたら、本当に魔王が移動をしているということだ」

「しかし、魔王も旅行ぐらいはするんじゃないか?」


 魔王が旅行、という軽い言い方に突っ込みたかったが、我慢してセトは首を振った。


「いいや。計測期間は約一年六ヶ月。その間、魔王の移動は一切なかった。

 仮説だが、魔王は動かないというより、動く必要がないんだ。

 魔物が次々と生まれ、その魔力を食って生きていると考えられる。

 どうして北へ行く必要がある? 存在だけで世界中の動物を魔物に変えられるというのに」

「しかしなあ。反論もできない。まあ北に進んでみればいいんじゃないか?

 たった三日だ。フードも砂漠についてはよく知っているみたいだし、そこで魔王に出合わなければ、また引き返して西へ進めばいい」


 マリアンは楽観的な様子でそう言った。確かに一理ある。

 昨日、杖で索敵を試してみればよかったと思ったが、そういえば変な魔力を吸収したせいかぶっ倒れていた。しかし、魔力が強くなるのであれば、彼は何度でも気絶する気概だけはあった。それにはマリアンに魔物を倒してもらわなければならないが。

 ……とりあえず、剣を出す呪文を徹底的に覚えさせよう。いざというとき、出せないでは命に関わる。セトはそう決心し、夜ごとマリアンに剣を出す呪文を復唱させ、どうにかこうにか覚えさせた。宮廷の家庭教師の気持ちがちょっと分かった。彼女は勘だけは鋭いが、暗記が絶望的に不得意なのだ。『アル・エルタ・セリア』の三語を覚えさせるだけで、二日はかかった。


 隊列は、北へ北へと日々移動しているはずだった。しかし、移動中の景色はまったくといっていいほど変わらない。照り返す白い砂が眩しい、空気が歪んで見えるほど熱い大地を、ただただ足を動かしていく。この砂漠横断の場合にのみ、昼の一番暑いときの休憩は、全員天蓋に入ってもよいことになった。そうでなければ喉が渇いて死んでしまうからだ。

 しかし、なぜか夜は恐ろしく冷える。身分の高低に関わらず、天蓋に入っている者も皆砂に埋まり、震えて眠りについた。こんな場所で暮らせる人々などごく僅かだろう。さすが最果ての地とよばれるだけある。

 本当に『多産の魔王』が北にいてくれればいいのだが、とセトは幾度も思った。もしいなければ、から手で引き返すことになる。こんな苦労をしておいて、無駄骨折りになるのは避けたい。しかし、フードは迷うことなく北を指し示し、進んで行った。

 それに、彼女には木陰になる岩場や、白い砂の中に僅かにある涌き水のでている場所を的確に案内していく。砂漠に詳しいというのは間違いなさそうだった。




 とうとう三日目。フードが目的地が近づいたことを隊長に知らせたのだろう。まだ肌寒い夜明けの砂漠で、朝飯の後、レムナードの隊長は全員を集め、刀を抜いて上に掲げた。


「諸君、運命の日だ。我等誇り高きレムナード兵として、化け物と戦う覚悟があるか!」「おう!」と兵士全員が叫び、三日月刀を捧げもった。

「その意気やよし!」


 隊長は儀式が終わると、刀をしまった。そして隅で一塊になっている外国人部隊には、もっと気楽な調子で言った。


「外国人部隊諸君。君達の技術と勇気に期待している。

 しかし、我等にも期待をよせてくれ。

 レムナード兵は世界最高の軍隊だと、各国にしらしめて欲しいのだ。

 共に戦えば力強く、敵に回せば恐ろしいということを」


 セトは、その言葉を聞いて初めて納得した。

 なぜ、レムナード兵達は選抜の外国人部隊などを作ったのか。それがずっと引っ掛かっていたからだ。いくら精鋭とはいえ、百人の兵に数人の外国人。国際的な支援を募るにしては明らかに比率が違いすぎた。

 彼等外国人部隊は、戦力と同時に広報部隊なのだ。各国から集められた剣の天才が魔物退治で見せたレムナード兵の勇猛さを故郷で語れば、そこに攻め込もうという国も減る。逆に、同盟を結ぶ国も増えるかもしれない。異教徒としてタクト神教に糾弾される中、これは一種の外交戦略なのだ。そのことを知ってか知らずか、まあそうだな、とラインツがきのない返事をした。


「とにかく、化け物を倒してからだ。俺も剣聖と言われた身分だ。せいぜい協力してみせるさ」

「よっしゃ、俺の斧がたぎるぜ!」


 ビョルンが斧を振り上げて叫ぶ。彼にはレムナード兵の真意が絶対わかっていない。

 半ば呆れながら、セトはばれずに魔力を使える方法を延々と考え続けていた。

 そのとき、隣から威勢のいい声がした。


「私も正義のために力を貸そう! なにしろ、赤騎士に不可能はないからな!」


 全く真意が伝わっていない人間がもう一人いて、しかもそのひとが雇い主だったことが分かり、セトは深いため息をついた。




 ここからは、隊の緊張が桁違いになった。レムナード兵は隊列を組み、らくだは後方におかれ、先鋭隊が常に前方を走る。と、一面白い砂漠の中に、巨石がごろごろと転がっている場所が遠くに見えてきた。


「あそこよ」


 フードが、無表情で指を差して隊長に教えているのが見えた。


「確かにひどい魔気だ」


 ラインツが小さな声で呟いたのが聞こえた。では、やはりあそこにいるのが『多産の魔王』なのだろうか。

 だが、彼はあの警告を思い出していた。『多産の魔王に近づくな』。どうしてリュシオン先生が、魔物を使って警告する必要があるのだろう。あの強い魔物を倒せる人間は、そういない。そういう人間に向かって警告するということは、魔王はよほど強いのだろう。だがどうしてリュシオン先生はそれを知ってなお、神秘の塔に連絡をよこさなかった。偵察と言いつつ、帰ってもこない。

 セトは、知らず知らずのうちに、黒曜石のナイフの柄を握りしめた。あそこに『多産の魔王』がいるのなら、きっとリュシオン先生もそこにいる。


「全員、注意して近づけ! 魔王は岩場に隠れているかもしれん」


 真剣な隊長の声が聞こえる。セト達は、レムナード兵とは少し離れた場所に配置された。遊撃隊、という名目だが、先ほどの話を聞くに、魔王退治はレムナード兵で十分だという余裕だろう。まあ、人狼とは違い、たった一匹の魔物だ。うまくいけば、少数でも倒せるという理屈はわかる。だが、恐ろしいのは魔力が桁違いということだけだ。なにせ、古代竜が変化した魔物なのだから。


 ついに、レムナード兵全員が、岩場に入った。岩場と思っていたものは、近づいてみると遙か昔の人工物だということがよくわかった。巨大な茶色い石柱が地面に突き刺さり、ところどころに石組みの跡が残る城壁がある。これは古代の都市の跡だ。


 ……こんな場所を、古代竜が住処として選ぶだろうか。

 セトの頭の中を、何度目かの不安がよぎった。

 そのとき、鋭い呼び子の音が砂漠の空気を振るわせた。その音が聞こえた途端、茶色い服を来た人々が傾いた柱や建物の間から飛び出してくる。


「どういうことだ?」


 隊長が、面食らった声で叫んだ。


「どういうこと、ですって?」


 セトはフードが微笑んでいるところを初めて見た。皆も同じだったに違いない。


「化け物はどこだ! まさか、お前、間違った場所に案内したんじゃないだろうな?」

「あら、化け物はここにいるわ、隊長さん」


 フードはにっこりと笑いながら、その頭巾をとった。黒い髪がばさっと広がり、美しい白い肌に映える。


「……レムナード兵。私達、シャールバの民から山を奪い、砂漠へと追い払った異教徒共。

 あなた方が化け物でなくて、何だというのかしら」


 建物から出てきた茶色い服の人々が、次々とククリナイフを取り出した。

 今更ながら、セトはフードの憎しみが既にそこまで達しいてることに気付かなかったことを悔いた。


「さあ、化け物退治の始まりよ」


 フードは楽しげに言い、ククリナイフをこちらへ向けた。

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