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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第2章 魔王討伐隊
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第30話 魔力を断ち切る魔力の剣

「ええい、剣がなければ拳で闘うのみだ!」


 セトに抱えられているマリアンが怒鳴った。

 まずい、変なところで意地になっている。あんなものと拳で戦って勝てるものか。

 とりあえず、レムナード兵が来る前に一旦降下して戦闘の魔術を使わなければ。


 と、魔物がセトの目の前にぐにゃりと立ちはだかった。ぎょろつく目がじっとこちらを睨む。そして、案の定倒れ込むようにして、沢山の足が襲いかかってきた。右に左に、セトは必死で魔物の足をかわしながら進んだ。

 だが、やはりレムナード馬の魔物だ。地面に着いた足はひた走ってセト達を追い、空中にのびた長い胴体についている足は、彼等を蹴落とそうとしている。馬の尻尾が後ろについているが、姿は長い毛虫に驚くほどよく似ていた。このままでは下りるより落とされる方が先になりそうだ。


「おい、このままじゃ全滅だぞ!」


 杖の鳥が切羽詰まったように叫ぶ。


「お前が死んだら杖の俺もおしまいなんだぜ! 何とかしろよ!」


 何とかと言われても、今の状態ではのたうって的確に蹴りを放とうとする馬の脚をかわすのに精一杯だ。

 そのとき今まで黙っていたマリアンが口を開いて静かに言った。


「セト、私を地面に落とせ。高度が上げられるはずだ」

「出来るか!」


 彼は一言で否定し、ぎりぎりで魔物の蹴りをかわした。彼女が例え五階から落ちてもかすり傷すら負わない体質だとはいえ、その折れた長剣で魔物に立ち向かえるとはとても思えない。

 あと武器らしいものといえば、彼のもっている黒曜石のナイフだけだ。しかし、あの短さでは馬の脚をかい潜って刺すなどできないだろう。せめて、何か武器があれば。それも、馬蹄などに負けない代わりの長剣が。


(君からも、なぜか彼と同じ魔力が見える)


 セトは、ラインツの言葉を思い出していた。マリアンが部屋に入る前に、彼女に向かって囁いていた言葉だ。確証はない、一種の賭けだ。しかし試してみる価値はある。

 魔術教では、異教徒に呪文を教えるのはご法度だ。だがもう彼は魔術教でもない。


「マリアン、手を前に出して、唱えてくれ! 『アル・エルタ・セリア』と!」

「アル……すまん、覚えられない!」


 一単語でギブアップはひどい。まあ、呪文は神聖ヴィエタ語だ。複雑すぎて、古代の文献もまだ一部しか解読出来ていない代物でもある。逃げ回りながら、一単語ごとに教え込むしかない。


「『真の心よ、来たれ我が手に!』という意味だ! 今から一緒に、ゆっくり繰り返すぞ。『アル・エルタ・セリア』!」


 一単語、一単語。言う度に、マリアンの右手に光がともり、どんどん輝きがましていく。セトは確信した。杖の封印を解いたあのとき、マリアンにもセトを通して杖の魔力と出力が伝わったのだ。魔術師になるための修行もしていないのに、初代魔王の杖と才能だけでここまで出来るとは。

 彼女が最後の言葉を唱え終わったとき、右手全体が黄金の光に包まれた。


「マジかよ!」


 鳥が驚いたように叫んだ。現れたものは、セトの予想通りだった。握りが黄金の、すらっとした長い両刃の剣。しかし剣のつばというものはなく、代わりにこれも黄金の球体がついている。


「素晴らしい出来だな!」


 マリアンがしげしげと刃を見ながら叫んだ。それはそうだろう。初代魔王の杖に付いていた、魔力を断ち切る魔力の剣なのだから。


「おれのなくなった下半分じゃねーか! 本当に真っ二つになっちまってるよ!」


 鳥がしゃがれ声で非難するように言った。


「今はそんなことを言っている場合じゃない!」


 セトがそう言った瞬間、避けそこなった馬の脚が翼の先をかすった。コントロールを失うには、それで十分だった。きりきり舞いをして、セトはかろうじて速度を緩め、マリアンとともに砂漠の大地に転がった。馬のようにいななき、魔物が何十本もの脚を地面にたたき付ける。しかし、途中で魔物の咆哮は本当の悲鳴へと変わった。いち早く立ち上がったマリアンの剣の一振りで、魔物の脚は数本切り取られていたからだ。


「この剣は扱いやすい!」


 彼女が生き生きとセトに向かって話しかけた。


「油断するな!」


 そう警告したとたん、魔物の胴体が声を上げて迫ってくる。ぎょろついた瞳が遥か上からこちらを見下ろしている。しかし、セトも今なら魔術が使える。燃費の悪い飛行魔術を使った後とはいえ、火矢の一つを放つくらいなら出来るはずだ。彼は座ったまま、素早く呪文を唱えた。魔物の瞳を狙って、火矢を狙い撃つ。流石に人狼のときのように何十本は出せなかったが、五、六本の矢が瞳に向かって飛んでいった。

 狙い通り、全ての矢が巨大な瞳に刺さり、魔物は苦悶の声を上げてのけぞる。

 その隙を逃すマリアンではない。砂を蹴り、彼女はときの声を挙げて跳び上がった。銀色の刃が、月の光を受けて輝く。音もなく、足のなくなった部分から魔物の血がほとばしる。魔物は骨も皮も、全てが魔力で出来ている。『魔力を断ち切る魔力の剣』に、とうてい勝てはしないのだ。

 見る間に真っ二つになった魔物は、前後左右にのたうった後、ようよう静かになった。マリアンは荒い息をついて、剣を拭おうとした。しかし、剣はそのまま空気中にふっと消えてしまった。


「あれ? どういうことだ?」

「いつまでも出したままにしておけるほど、体内魔力が足りないということだ。

 けれど、今回は助かった」


 セトの意見を聞いて、鳥が不満そうに言った。


「いや、俺が半分になった件についてはまだ……」


 と、街のほうから沢山の馬のいななきと共に、レムナード兵隊長の怒鳴る声が聞こえてきた。セトは、慌てて何か言いかけた杖をしまった。

 しかし、なんと言い訳しよう。こんな大物を二人で倒してしまった手前、どう説明すればいいものか。それに、二人だけが速くついたというのも、レムナード人にしてみればおかしな話だろう。


「おーい、無事か?!」


 ラインツや双子などの、外人部隊の声も聞こえる。誤魔化すよりしかたない。砂まみれになってしまった服を払い、彼は立ち上がった。


 そのとき、妙なものを見つけた。近くにさっき倒した魔物の尻尾があったが、そこに、何かくくりつけられている。白い幅広の布だ。こんな凶暴な魔物にどうやってくくりつけたのかは分からないが、誰か人間の仕業に違いない。セトは結び目を解き、布を広げた。なにやら、黒いインクで文章のようなものが書かれている。読んだ途端、彼はぞっとして立ち尽くした。


『多産の魔王に近づくな』


 布には、共通文字で確かにそう書いてあった。署名も何もない。だが、この流麗な筆跡には見覚えがあった。セトの師匠、リュシオン先生の字に間違いない。

 どうして、この魔物にこんな布を巻き付けたのか。そして、『多産の魔王』という魔術師間でしか使われない言葉を使ったのか。


 セトは一生懸命考えようとした。が、途端に視界がぼやけた。手足が冷たい。ぞっとする魔物の魔力が、身体中に襲いかかってくる。これが、魔物の魔力を吸収するということか。初代魔王の杖で少しは免疫があったものの、それでもひどく身体に負担がかかる。

 マリアンは平気なのだろうか、と隣を見ると、元気に隊に向かって手を振って何か叫んでいる。大方、もう倒したと言っているのだろう。すでに耳も聞こえづらくなっている。杖を持っているセトだけが魔力吸収の影響をうけるらしい。もう立っていられない。そこまで確認して、彼はさらさらとした砂の上に倒れた。

 どうした、というマリアンの声が聞こえた気がしたが、既にセトは目を閉じて、リュシオン先生の白い布を握りしめながら、魔力増減症の眠りの中に入っていった。

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