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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第2章 魔王討伐隊
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第26話 ハイエナ共の襲来

 天幕からセト達が抜け出したとき、既に周りのレムナード兵は忙しく動き始めていた。慌てて彼等も天幕の群れを走り抜け、兵がひしめく荒れ地を見渡す場所に出る。

 メルフィン座のある南の方角に、煙と炎が揺らめいている。


「もっと火矢を!」


 三日月刀を掲げ、白いターバンを巻いた司令官が叫ぶ。その声に応じ、幾つもの火の玉がひゅうっと音をたてて飛んでいった。大地が焦げる臭いがするが、所詮は燃える草も少ない荒れ地だ。火矢の炎で魔物を撃退するのは無理がある。金属をこすり合わせたような魔物の悲鳴が、煙の中から聞こえてくる。

 煙が薄れたと思った瞬間、何匹もの四つ足の魔物が、恐ろしい速さでこちらへかけてくるのが見えた。姿形は狼に似ているが、一回りは大きい。そして、その顔は狼というより、口が横に裂けた人間だ。


「人狼だ! しかし多いな!」


 マリアンがそう言い、長剣をすらりと抜いた。見えている範囲で五十匹はいるだろうか。毛皮に火のついているものもいて、死にものぐるいで駆けてくる。


「火矢、止め!」


 レムナード兵の隊長が命令した。そして、さっと栗毛の馬に跨がった。


「全軍、突撃!」

「おおおおお!」


 ときの声とともに三日月刀を構えた兵全員が、馬に飛び乗り、人狼の群れに向かって走り出した。


「胡散臭いな」


 ラインツがぼそっと呟いた。


「どうしてだ? 私たちも行こう!」


 マリアンは今にも走り出しそうな勢いだ。


「人狼は魔物にしては頭がいい。群れで狩りをする魔物だ。正面突破は殆どしない。それに言っただろう。私には魔力が見える」


 ラインツは東を指差した。


「あそこに妙な魔力が見える」


 セトは目をこらしたが、暗闇以外何も見えない。マリアンも目を細めて言った。


「そうか? 兵に頼んで火矢を放って貰うか?」

「呑気に言ってる場合じゃないわよ」


 フードの女が腰からククリナイフを取出した。双子も緊張した面持ちで剣を抜く。


「各自備えろ! 来るぞ!」


 セトも慌ててナイフを構えた。彼の黒曜石のナイフは、元々魔物専門に作られたものだ。強化をかけなくても魔物には通用する。ただし、あくまでも杖の補助武器だが。

 ラインツの叫びからいくらもたたないうちに、人狼の紅い目が夜営地の松明に反射した。みるみるうちに近づいてくる。五十、いや、七十、百。


「なるほど、魔王討伐隊を早々潰しにかかる気か?」


 ラインツがにやりと笑った。レムナード兵は、少し離れた場所で闘っていて、夜営地の本隊には気づいていない。狙いは背後の野営地の壊滅だ。兵士でない食料班や救護班は、すっかり怯えて助けにはならない。


「行くぞ!」


 そう叫んで、ラインツが長剣を持って走り出した。ここで止めなければ、野営地ごしにレムナードの精鋭達が背後を取られてしまう。マリアンも、まるでゲートが開けらたときの馬のように生き生きと駆けだした。セトも慌てて後を追った。程なく、人狼の集団とぶつかり合う。牙のついた口をかあっと開けて、人狼が襲いかかってくる。セトは思わず身を縮めた。ひゅっと剣がうなり、マリアンがセトの横で一匹の人狼の頸を貫く。


「ああ、確かに力がいらないな。便利なものだ」


 そのまま動くなよ、と彼女は言い、返す刀でセトの頭を食いちぎろうとしたもう一頭の喉元を貫いた。


「なるほど、君の剣技は華麗で豪快だ」


 隣で腕を振るっていたラインツが、マリアンを見て微笑んだ。その間にも襲いかかる人狼を、何でもないかのように撫で斬りにしている。フードの女も、敵を引きつけ、確実にククリナイフで喉元を捌いていた。あの動きは、山岳兵に似ている。何の根拠もないが、あのククリナイフと女の暗い顔を思い出した。かつてティルキアとレムナードの国境線上に存在した国、シャールパの山岳兵。レムナードに侵攻され、ついに属国となった。

 ビョルンは、予想した通りの戦い方だった。人狼の頭に一撃。ときに浅く噛みつかれてもものともせず、大きな斧でなぎ払う。

 双子の兄弟は、ぴったりと背中をつけて戦っていた。これがタッグという戦い方だろうか。二人で戦うせいか、隙がない。人狼が噛みつきに行く度に、激しい突きをくらって倒れていく。

 しかし、いかんせん数が多すぎる。

 この中で役に立っていないのは、悲しいかなセトだけだ。レムナード兵を呼びに行こうかとも思ったが、彼らも彼らで尋常じゃない数の人狼と戦っている。こちらへ戦力を裂く余裕はないはずだ。


 もっと火矢を。


 レムナード兵の隊長の声が、セトの中で木霊した。そうだ、火矢だ。彼は周りを見回した。あたりは人狼だらけだ。補給班や兵力のないレムナード人は既に逃げ出した後だった。暗く、レムナード人もいない。魔術を使うには都合がいい。

 だが、魔術とすぐに分かるものを使ってはいけない。あくまでも自然に、まるで普通の人間がしたことのように。


 もっと火矢を。


 彼は口の中で杖の魔術を唱えた。黄金の杖はすぐに手の中に収まった。


「おい、さっき俺の話聞かずに……」

「しゃべるな! お前が普通の杖じゃないと知れたら厄介だ」


 セトは杖を叱りつけ、呪文を唱えた。


「紅の炎よ、我が手に勝利を」


 炎の魔法の一節を唱えた。杖の先の宝玉がきらりと光ると、セトの周りにいくつもの火球が浮かび上がる。セトが杖を横に振ると、数十の火球が、暗闇に浮かび上がった。この魔術ならば、遠目には火矢と区別がつかないに違いない。そして、火球が集まり、数十の巨大な炎の矢が出現した。炎の矢、というより炎の槍といっても過言ではない。


「皆、こちら側に集まってくれ!」


 そうセトが叫ぶと、まずマリアンが人狼の首をはねながら飛んできた。


「なんだこれ? これが魔術か! 格好いいな!」

「いいから早く発射なさいよ! 人数少ないのよ!」


 フードの女、双子、そしてどかどかとビョルンが槍を避けようとかけてくる。

 敵陣に深く入り込んでいたラインツも、踵をかえして走り寄ってきた。

 全員、射程外に出たのを確認し、セトは黄金の杖を追ってくる人狼に向けた。


「フィアネ・レジーナ!」


 数十本の巨大な炎の矢が、音もなく飛んでいき、人狼達に刺さった。ギャアアア、と悲鳴が上がる。他の人狼は広がって避けようとするが、セトの矢の範囲の方が遥かに広く、槍と槍の感覚が狭い。避ける場所などはなから作っていないのだ。

 人狼はじゅっと音を立てて、金属的な悲鳴を上げながらセトの目の前で炭になっていった。


 生き残ってセトの場所までたどり着いた人狼は、一匹もいなかった。彼は青い顔をして、杖を闇にとかした。今日だけで、一年分くらいは歳をとった気がした。


「でかしたぞ!」


 マリアンが肩を組んでにっこり笑ってきたので、セトも曖昧に笑い返した。


「どう始末を付けるかと考えていたが、案外あっけなかったな。レムナード兵の分もてつだってやるか」


 ラインツが陽気に言ったとき、角笛が聞こえた。三回の角笛は、勝利の証だ。あの人数でおして、人狼を打ち破ったのだろう。果たして、しばらくすると野営地にレムナード兵たちが戻ってきた。

 ラインツが、本隊の人狼のことを報告すると、レムナード兵の隊長は目を丸くして聞いていた。選抜とはいえ、十人で百匹の人狼を狩るのはなかなかできることではない、と。鍋釜をもって逃げていたレムナードの従者たちもぼつぼつと帰って来はじめ、やっと野営地はさっきまでの静けさを取り戻した。

 これで、今日の戦いは終わってくれるといいのだが。そう思いながら、セトは疲れた身体をむりやり動かし、マリアンについて天幕の側に戻った。


「大丈夫か?」


 セトの顔色が悪いのに気付いたのだろう。天幕に入る前に、マリアンが声をかけてきた。


「私が言えた義理じゃないが、あまり気に病むな。魔物退治は正義を執行しただけだ」

「大丈夫。気にしてない」


 そう答え、セトは天幕の外にある、岩陰に横になった。

 だが、頭の中では、あの魔物達が口々に叫んでいた言葉がぐるぐると回っていた。


「このハイエナ共め! 食料を全て奪い、我らに秋までどう生きよと言うのだ!」


 あの人狼達は、西にいる魔王が差し向けたのではない。なぜセト達が出発した東から魔物が来たのか。

 考えたらわかりそうなものだった。途中の村々では、彼らに好意的ではない視線を向ける者も当然いた。なけなしの小麦の徴収をされた貧しい村の人々が、この魔王討伐隊を見てどう思ったのか。

 それが如実に現れた結果が、この人狼の襲来だろう。


 魔物の声が聞こえることはやはり黙っていよう。いつか、王女に打ち明けるときがくるかもしれない。でも、それは今日ではない。魔王を倒したそのときだ。

 セトはさっきの戦いの記憶を追い出すように、毛布に包まって目をきつく閉じた。

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