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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第2章 魔王討伐隊
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第23話 『素焼き祭』の神前試合

 レムナード帝国の首都、サブリッドは今熱狂していた。大勢の観光客が押し寄せ、中央広場やバザールは大混乱に陥っている。一年に一度開かれる、『素焼き祭り』という祭りのまっただ中なのだ。その素朴な響きとはうってかわって、レムナード帝国内では大規模で勇壮な祭りとして知られている。

 要は、一種の神前試合なのだ。

 戦士が素焼きで作られた壊れやすい面を被るところから祭りの名前は来ている。古代の劇場跡で開かれるその試合は、飛び入り参加も大歓迎だ。武器はゴルダ教の祈りを捧げ、切り倒された神聖な樫の棒である。その棒で、壊れやすい素焼きの面をたたき割った者が勝利者となる。

 すり鉢状に作られた古代の劇場跡は、立ち見まで出るほど人で満ちあふれていた。コインを布の端に沢山縫い付けて、身体に巻き付けている女性や、ターバンを巻いた浅黒い肌の男、軽装鎧に身を包んだ白い肌の騎士。ありとあらゆる人種の人々が、ただその試合に熱狂していた。

 試合は、既に準決勝に入っていた。顔が半分隠れる素焼きの仮面を付けているので、どちらの戦士も表情が読めない。ただ、一人が恐ろしいほどの強腕の持ち主なことは誰の目にも明らかだった。がっちりとした体つきで、二の腕が通常の二倍くらいに膨れ上がっている。対してもう一人は、がりがりといってもいいほど痩せている。背も高くなく、どちらかというとまだ少年の体つきだ。だが、この少年は沢山の挑戦者の中からなぜか勝ち上がってきた。見物人には、どうも見栄えのしない勝ち方だったが、確実に相手の面が先に割れた。両者は、石の闘技場に彫られた線から足が出ないように立ち、それぞれ樫の棒を構えた。


「始め!」


 鳥の羽根を頭に付けた審判が手を挙げた。大男が、太い樫の棒を軽々と回し、その身体に見合わぬ速さで少年に突っ込んできた。群衆はその突撃だけで喝采を浴びせた。

 この大男は、今まで全ての相手をこの一撃で倒してきたのだ。素焼きの仮面だけではあきたらず、対戦相手は全員頭を思い切り打たれ、ひどいときには気絶さえしていた。今回の祭りでは、明らかに圧倒的な強さを誇っていた。きっと準決勝もそうなるに違いない、と誰もが思った。

 が、大男の樫の棒が、少年の頭の上から僅かに逸れた。少年が身体を捻ってかわす。そして、流れるように細いこん棒を左手で下から上に動かした。

 大男は瞬時に一撃が失敗したのを悟り、のけ反って仮面を守った。そのはずだった。しかし、がりっと音がした後、仮面がぱっきりと半分に割れた。素焼きの割れやすい仮面が破片となって地に落ちた。

 髭面の大男は日焼けした顔を晒して唖然としている。観客も皆、口をぽかんと開けている。あの少年は、どうやって棒を振ったというのだろう。まるで、見えない速さで動かしたのだろうか。


「試合終了!」


 審判が近づき、勝者の細い腕を取る。大男は、納得しかねたのか、審判に怒鳴り込んだ。


「いや、あの仮面が割れたのはおかしい! 俺は、確かにかわしたはずだ!」

「だが仮面は割れた。割れたら負けなのは、決まったことだ。いいか、これは神事なのだ。判定を覆すことはできない」


 しらっと審判は言い、呼び子を吹いた。最終決戦の合図である。この試合で勝ち残った者は、優勝するまで名のりはおろか、勝ちどきの声すら発してはいけない。これは、ゴルダ教の神に成り代わる祭だからだ。

 この地では、神がお忍びで素焼きの面をつけ、剣の試合に参加して楽しんだ、という伝説が古くから伝わっている。優勝者は、多額の賞金をもらえる他、神の使いとして一日讃えられるのだ。さらに、今回は重要な選考会もかねている。西の荒れ地に棲み着いた化け物が、このところ噂になっている。その退治をする人員の募集もかねている。既にほぼ選抜は済んでいるが、この素焼き祭の優勝者にもその名誉が与えられるのだ。


 最終決戦に臨むため、丸い闘技場に現れたのは、真っ赤な鎧を着た戦士だった。頭には真っ赤な帽子を被り、素焼きの仮面で覆われているので風貌はわからない。しかしこの素焼き祭を最初から見ていた者にとって、赤い剣士の華麗な試合は嫌でも目についた。立ち姿や振る舞いが美しく、顔も見えてはいないのに既に黄色い声すら上がっている。

 審判が両者の足が線から出ていないことを確認し、始め!と叫んだ。


 赤い騎士の棒が優雅に動いた。緩やかに円を描き、突き出された棒がひたりと相手に据えられる。どちらも仮面のままで表情は読めない。と、赤い騎士が一気に仕掛けた。恐ろしい速さで少年に詰め寄り、棒を振り下ろす。少年は棒を慌ててかわすが間に合わない。誰もがそう思った。

 しかし、赤い騎士の棒は仮面に落ちる手前で、不自然に滑った。少年がすかさず反撃に転じ、力を入れるか入れないかというような緩い一撃を繰り出した。それでも騎士は素早く態勢を立て直した。さっきの大男のようにのけ反ろうとはせず、逆に腰を屈め、足を薙ぎ払おうとする。少年は飛びさすってそれを避けたが、赤い騎士は間髪入れず突っ込んできた。がつん、と樫の棒同士がぶつかり合う。鍔ぜり合いのように、力が拮抗した。と、審判や観客に聞こえないよう、赤い騎士がそっと呟いた。


「こんなところで魔術を使うな。死刑になるぞ」


 観客は何が起きたかわからなかっただろう。だが、少年の力がいきなり抜けた。仮面は、粉々に砕け散った。ついに優勝者が決まった。観客の大歓声をよそに、青白い顔の少年が、樫の棒を取り落としていた。黒髪の下の群青色の瞳が、驚きで丸くなっている。手も微かに震えていた。


「さあ、優勝者が決まりました! どうか、お顔とお名前を!」


 審判が赤い騎士の手を挙げ、勝敗を言い渡した。赤い騎士は、仮面を取る先に、赤い帽子を取った。長く美しい赤毛がぶわっと風になびいた。そして、素焼きの面を外し、ぽんっと放り投げた。仮面は闘技場の石にぶつかって綺麗に半分に割れた。碧色の美しい瞳をした、まだ少女といってもいい顔立ちをした女戦士が、そこに立っていた。ターバンを巻いた男達は熱狂して拍手する者と、神事に女性が参加したことで怒る者の半々に分かれ、賞賛と罵声が飛び交った。今まで黄色い声を上げていた女達は一斉にしょぼくれた顔をした。

 そんな喧噪の中、彼女は堂々と名乗りを上げた。


「我が名は、不死鳥の赤騎士、リアン・フェニックス!」

「嫌な予感はしていたが……どうして、貴方がいるんだ!」


 準優勝の黒髪の少年がそう叫んで頭を抱えたことに、他の群衆達は騎士に拍手を送ったり、罵声を浴びせたりしていて全く気付かなかった。それだけ、赤毛の戦士は鮮烈な印象を残したのだ。

 確か、彼女とは一月ほど前に感動的な別れをしたはずだった。また会おう、などと言いあってはいたが、所詮は身分違い。もう会えるわけがないとたかをくくっていた。そのひとが、今目の前にいる。レムナード帝国という、敵地の真っ只中に。黒髪の少年セトは、手を振って声援に答えているティルキア王国の第一王位後継者を、思わず罵った。


「一体、何を考えてるんだ! いや、何も考えていないのか!」

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