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不死鳥と番犬  作者: 久陽灯
第1章 伏魔殿
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第1話 プロローグ 洞窟の子

 塗り込められたような闇の中、広い洞窟に足音が反響している。彼は、小さな手を引かれながら暗闇を走り抜けていた。

 どうして、この人は僕を連れ出すのだろう。僕はこの洞窟から離れてはいけないのに。


 シハク村の村人は彼に名前を与えなかった。彼はただ洞窟の子、と呼ばれていた。ティルキア王国とヴェルナース王国の国境に位置する、霊峰白山は、東大陸一の高さを誇る。本当はヴィエタスジーラという名前の山だが、誰もその名を呼ばない。シハク村はその白山の、ティルキア側の中腹にある寒村だ。村のすぐ北、ちょうど山が険しくなるあたりには、はるか昔、初代魔王が魔術を駆使して作ったと言われている大洞窟がある。無数に枝別れした地中の通路は、一部は隣国のヴェルナースへとも続いている。だが、その他の道はさながら迷宮のようで、魔物の住家とも呼ばれ、全貌を把握した者は誰もいない。


 だが、不思議なことに、その洞窟は魔物ではなく、人間の赤ん坊を産み落とす。三十年に一度、決まって新月の深夜に、黒い布に包まれた赤ん坊が村の隅、洞窟の側で泣き声をたてるのだ。まるで、洞窟が産んだかのように。シハク村の人々は、その子を村ぐるみで育てる。誰が置いたのか、詮索はしてはいけないと決まっている。たとえ、貧乏で子供も養えない夫婦の妻の腹が、前以上に萎んでいたとしても。


 彼も、典型的な洞窟の子だった。新月の晩に、洞窟の前に置かれていたのだ。彼は黒髪で瞳だけが群青色にぎらぎらと輝くやせっぼっちの子供に成長した。洞窟から生まれた子供は、六歳になれば洞窟へ帰す。村では何百年も前から、そういう習わしがあった。子供達は洞窟へと入り、誰ひとり帰って来ることはできない。子供が洞窟から出ると、村に初代魔王の祟りが村へ降りかかる。そんな言い伝えが昔からこのシハク村には伝わっていた。だからこそ、洞窟の子は自ら村へ戻ることはできないのだ。


 彼ももちろん、そう思っていた。これは自然の摂理なのだ。神に贄を捧げるように、白山は洞窟の子を欲し、そして村に豊かさを与える。六歳の誕生日に洞窟に入ることだけが彼の目的であり、彼の存在理由だった。


 そして、儀式は無事行われた。魔物避けの呪文を唱える長老と共に洞窟に入り、無数に枝分かれをした道を進む。長老は、十分奥へと進むと、これから先、真っ直ぐ進むように、と言い残し、カンテラをもって帰ってしまった。セトは、真っ暗闇の中に一人取り残された。恐怖に胸が震えたが、彼はそのために育てられたのだ。何度も言い聞かされてきた。シハク村を救え。この洞窟へと帰れば、お前はこの村を救う英雄になるのだ、と。


 だが、彼は今、出口へと懸命に走っていた。握っている手の持ち主は、骨張った、知らない大人だ。その手は温かく、暗い洞窟にたった一つ、輝く灯火のようだった。と、本当に白い光が突然ぼっと現れた。手を引いていた人物が、たった一言呪文を口にして、何もない場所から煙のように現れた杖を取り出した。身長ほど長く、美しい黒檀のような杖だ。

杖から出る光に照らされて、彼にはその人が眩しく輝くように映った。

 つややかな銀色の長い髪、きりっとしたアーモンド型の赤い瞳、そして白一色のマントを羽織っている。洞窟の子は、魔術師というものを初めて見た。

 洞窟の子の手から、魔術師の手がするりと抜けた。


「……厄介なものが来た。お前は先に行け」


 彼は途方にくれた。先に行っても、村には帰れない。彼は洞窟と生死を共にする運命なのだから。

 そう言うと、魔術師は吐き捨てるように言った。


「幼子を贄にする村など、とうに滅びてもいいころだ」


 それに被さるように、暗闇の奥から、どう猛なうなり声が聞こえた。

 そのうなり声は言っていた。


『ここから離れてはいけない。お前は次の墓守なのだから』

「誰?」


 彼は、聞こえてきた声に話しかけた。


『私は……』

「一体、何と話している?」


 焦ったように、魔術師が聞いた。

それに答えようとした矢先、四つ足の魔物が稲妻のように近付き、飛びかかってきた。天井の高い、広い洞窟だったが、その獣だけで通路が一杯になるような大きさだ。三つの首を持った、鱗のついた犬という表現がぴったりの醜悪な生き物だった。三つの頭が同時に吠えかかり、彼は怯えてぎゅっと魔術師の袖を握りしめた。


 仕方ないな、というふうにこちらを向いて呟くと、魔術師は魔物へと目を向けた。そして、杖を振り上げた。足下から金色の光が満ち、えも言われぬ天上の音楽のような響きが聞こえてくる。そして、魔術師は美しい銀髪をはためかせ、魔物に杖を向けて力ある言葉を唱えた。


『万物よ、一の根源に帰りたまえ。全ては等しきもの、等しきものは結晶となるべし』


 目もくらむ光と共に竜巻のような風が巻き起こり、彼は思わず魔術師にしがみついた。

 だが、群青色の瞳は見開いたままだった。

 杖を振り回して堂々と立ち、魔物相手に一歩もひけをとらない白の魔術師。


 その魔術師こそ、彼を暗闇から救い出してくれた、たった一人の英雄、魔術師の師匠、アレクサンダー・リュシオンだった。

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