Episode:09
「着替えているところですけどね」
「……そういうことは、入る前に言ってくれないか」
よほど驚いたのだろう。しがみついてきた少女をなだめながら、苦情を申し立てる。
もっとも言うだけムダという気もした。
気配を読み取るのが上手いタシュアだ。私と一緒にルーフェイアがいることなど最初から分かっていて、わざとやったに違いない。
「別段、驚くようなことではないと思いますがね?」
「だがルーフェイアは、まだ子供なのだから……」
「では、シルファは大人というわけですか」
答えに詰まる。
見ればタシュアは意地の悪い笑みを浮かべていた。
下手に何か言おう物ならまた突っ込まれるだろうと、そのまま口をつぐむ。
――それにしても。
一切の無駄のない、隅々まで鍛えられた身体。
いつ見ても思う。美しく磨ぎ上げられた剣のようだと。
激戦地にいた名残なのだろう、その刀身とも言うべき彼の身体には、あちこちに鈍い傷痕が刻まれていた。
だが、それらが刃の輝きを損なうことはない。むしろ日を重ねるにつれ、鋭さを増している。
「何をそんなに見ているのですか?」
「え? あ、いや……」
また答えに詰まる。
そして気が付いた。
タシュアが手にしているのは私の実家――武器商としてはかなりの老舗――で開発した、防刃繊維で織られた戦闘用の服だ。
「タシュア……何か、あるのか?」
彼がこれを着たのは、今までに一度しかない。
「じきに分かります」
そう言って彼は戦闘服を無造作に着ると、今度は漆黒の両手剣を手にした。
身長ほどもあろう剣を一息で抜いて、その状態を確認する。
この大剣はタシュアがメインとしてる武器だ。ただそれを実際に使用することは少なく、私も片手で数えるほどしか見たことがない。
それをあえて手にしているというのは……。
「やっぱり……先輩もなんですね?」
タシュアが服を着たのでやっと落ちついたのだろう、顔を上げたルーフェイアが、厳しい雰囲気で言った。
驚いてこの少女を改めて見る。
今まで気付かなかったものが目に入って、背筋が寒くなった。
「ルーフェイア、その中に着ているのは、まさか……」
「はい」
この子も制服の下は戦闘用の装備だ。それに手にしているのも、滅多なことでは出さない銘入りの方の太刀だった。
タシュアとルーフェイア。
時と場所こそ違うが、戦場の最前線で育った二人。
この二人が、同時に同じものを感じ取っている。
「一体、何があるというんだ……?」
「――先輩、いろいろ出せるだけ出した方がいいですよね?」
私の質問には答えず、どこか諦めたような調子でルーフェイアがタシュアに尋ねた。
「あって困るものではないでしょうね。もっとも戦闘の邪魔になるようでは、本末転倒ですが」
二人のやりとりは、明らかに激戦を想定したものだ。
どうにも落ちつかなくなる。
「だからタシュア、いったい何が……」
そこへ、緊急事態を知らせる鐘が鳴った。