Episode:79
好きなだけ泣いてろと、イマドが言ってくれる。
あの日と変わらない空。
あの日と変わらない風。
なのにたくさんの命が、あまりにも簡単に消えてしまって……。
泣いても泣いても泣き足りなかった。
誰も望んでなんかいなかったのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
敵だったロデスティオの傭兵だって、きっと死にたくなんてなかったはずなのに。
それなのにどうして……。
「――あ、ありゃシーモアか? お前探しにきたみてぇだな」
「え?」
イマドの言葉にびっくりして顔を上げる。
涙をふいた拍子に、胸のペンダントが揺れた。タシュア先輩から渡された、ナティエスの形見だ。
このペンダント、シーモアに渡そうとしたのだけれど、彼女は受け取らなかった。
ただその代わりにシーモアは、ナティエスのピアスを着けている。
「こうしてる間にもナティエスみたいな孤児、できてるんだろうな……」
ふっと思った言葉が口をついた。
「たぶんな」
この空だけ見てたら、戦争なんてどこかの作り話にしか思えない。
でも間違いなく、今もどこかで続いている。
「だったらあたし、やめるわけにいかない……」
「戦うのをか?」
そう尋ねたイマドに、あたしは答えた。
「……あたしの家って、親戚とか兄弟どうしで……戦うこと、あるの」
「らしいな」
普通じゃ信じられないだろうけど、代々傭兵を続けているあたしの家じゃ、この手の話はけっこう多い。
「そういうの、すごく嫌。それになにより、戦うのも嫌い。
でも……」
また涙が、ぽつりと膝におちる。
「望んでないのに戦いを……仕掛けられること、あるんだね。
そしてあたしには、それを退ける力がある……」
自分のいちばん嫌な部分。
なによりも忌まわしい部分。
けど皮肉にもそれは、学院を守る力になった。
「誰もが戦いを嫌ってるなら、戦争なんておこらない。でも、そうじゃないから……」
本当は止める術があるのかもしれない。
ただそれはいつも難しくて、その時には気付かないことのほうが多いんだろう。
「だからあたし、やめない。
この手で、この力で、命を守っていきたい」
大切な人たちが、いつ命を危険に晒されるか分からない。
それなら誰も戦おうとしなくなるまで、あたしは戦おうと思う。
ひとりでも犠牲が少なくなるように、嵐に立ち向かおうと思う。
「それが……いちばんいいとは、思えないけど。
でもあたし、たしかに守れた。だから……」
今までのあたしは、意味もなく戦っていただけだった。
それのどれほど苦しかったことか。
もちろん大義名分が出来たからといって人殺しが許されるわけじゃないだろう。ただそれでも、無意味に刃を振るうようりはマシな気がする。
「お前、強いな」
「ううん。
弱いから――理由を欲しがるだけ」
そう言うとイマドが笑った。
今まで見たことのない、不思議な笑顔。
「それを知ってるやつが、強いって言うんじゃねぇのか?
まぁいいや。シーモアとミルが手ぇ振ってるぜ」
「あ、ほんとだ……」
こっちへおいでというように二人が手を振っている。
「行くか?」
「うん」
歩き出すと、また胸のペンダントが揺れた。
――孤児だったナティエスの形見。
いまごろ彼女、両親といっしょにいるんだろうか?
わからないけどそう思った。