Episode:78
>Rufeir
ケンディクの埠頭の先で、あたしはぼんやりと座りこんでいた。太陽が水面に反射して、まぶしく照り返している。
あの激戦から半月ほどが過ぎた。
でもまだ、あたしの相部屋のベッドは空っぽのままだ。
それどころか最初の葬送の後も、重傷者の死亡が相次いで、訃報の消える日がなかった。
あの翌日には惨状を聞いたケンディクの町が、原則を破って負傷者の受け入れを決めてくれたのだけど、焼け石に水に近かった。船着場が使えなくて、重傷者の搬送がすぐに出来なかったからだ。
これではダメだとあちこちでみんなが掛け合ってくれて、上陸艇を持つ海軍の派遣が決まったのが、激戦の翌々日。やっと来たのは三日目、合同葬儀のあとだった。
けどそれまでに、瀕死の重傷者はみんな死んでしまって……もう少しマシだった生徒も、かなりの数が悪化した。
上陸した軍の人たちも声を失うほどで、それこそ限界以上に働いて搬送や治療に当たってくれたけど、やっぱり三日のブランクは大きかった。あのときの重傷者は、けっきょくほとんどが亡くなっている。
ただようやくここへ来て、それが落ちつき始めていた。
どうにか生命の危機を乗り越えた生徒たちは、次々快方に向かい始めて、これ以上の死者は出ずにすみそうだ。
どうにか無事だった生徒たちも、しばらくぶりに町へ出させてもらって、みんな羽を伸ばしている。
そして……あたしも。
じつを言うと、ここへ来るまでは不安だった。
あんなことがあったあとで町へ行っても、前と同じように見えるか、自信がなかったからだ。本当は町並みも海も何も変わってないはずなのに、違って見えそうで怖かった。
けど今、こうしてここへ来てみて、やっとほっとした。
あたしの瞳と同じ碧の、透き通った海。
水平線を渡る、銀色に輝く雲。
埠頭から坂へと、駆け上がる風。
何もかも、前と同じ……。
毎日ナティエスの部屋を見るたびに泣いているけれど、ここにいると少しだけ、元気になれる気がする。
「――よ」
「イマド」
どこからともなくイマドが現れた。
「ここは……変わんねぇな」
あたしの隣へ腰掛けながら、彼が言う。
「うん」
そのまましばらく、二人でただ海をながめる。
「にしてもあの戦い、なんだったんだろな」
ぽつりとイマドが言った。
「なんだったんだろうね……」
あたしもそうとしか答えようがなかった。
――けっきょく、誰が悪いんだろう?
良くも悪くも優秀な卒業生を出している学院は、よその国や軍からジャマに思われることはあるって言う。
けどそんなこと言われたって、みんな困るだけだ。誰も引き取ってくれないからここへ来たのだし、だいいち親を亡くした子の大半は、ずっと続く戦乱の被災者だ。
でもロデスティオの傭兵隊も、悪くない。彼らは命令に従っただけだ。
考えても考えても、誰が悪いのか分からなかった。
ただたしかなのは、もうナティエスたちが戻らないということだけだ。
「やりなおせたら、いいのに」
「そうだな……」
もし願いが叶うなら、そうしてほしかった。
けどそれはない。
すべては一度きりだ。
ありとあらゆる瞬間にただ一度の時間があり、ただ一度の選択のチャンスがある。
それが重なって……時は流れていくのだろう。
――でもその別れ道が、こんなことになるなんて。
どうしようもないのは分かっている。
分かっているから、涙がこぼれた。
「ごめん、イマド。あたし、最近ダメで……」
「しょうがねぇって。あんなことがあったんだからよ」