Episode:77
「タシュア……そんなにおなかが、空いていたのか?」
シルファが唐突なことを言い出す。
「なんですか、急に」
「いや、なんだか嬉しそうだから……だから、その……」
必死に言い繕うパートナーの姿が、可笑しかった。
「そういうわけではありませんが……そうですね、そういうことにしておきましょうか」
「――?」
シルファが怪訝そうな顔になったが、それ以上タシュアは言わなかった。
「早く戻りましょう。これだけ作るとなったら、けっこう時間がかかるのでしょう?」
「そうだな」
シルファもそれ以上は追求しない。訊いてもタシュアが答えないことを、彼女はよく分かっている。
学院までの船に乗ろうと、波止場へ向かった。
その途中で、シーモアとミルの姿を認める。
「タシュア先輩!」
意外にも二人が駆け寄ってきた。
ルーフェイアがいない時にこの二人がわざわざタシュアの元へ来るのは、珍しい話だ。
「何か用ですか」
シルファの時とは一転、表情を感じさせない声。シーモアが言葉に詰まる。
もっともミルは、平気だったようだ。
「えっとですねぇ、ナティエスのことなんです」
シルファがはっとして何か言いかけたが、タシュアがそれを止める。
「彼女のことで、何かあったのですか」
シーモアとミルが顔を見合わせた。
そして。
「ありがとうございました」
二人が頭を下げる。
「――お礼を言われるようなことを、した覚えはありませんが」
「けど……ナティエスが死ぬ時に、そばにいてくれたんですよね?」
タシュアの言葉に、シーモアが確認するような調子で尋ねた。
「たしかにその時傍にいましたが、何か?」
「その……だから、ありがとうございました。
死ぬ間際にあの子がひとりじゃなかったって聞いて、あたしすごくほっとしたんです」
「……いえ、私の方こそすみません。
あのような苦しみを、彼女に与えてしまいました」
「それは……戦争だから……」
そのまま全員が沈黙する。
シーモアの言葉が、すべてを言い表しているのかもしれなかった。
とつぜん学院を襲った狂気。
それにどれほどのものが奪われただろう?
戦場で育ったタシュアは、その狂気を肌で知っている。だが知っていたからと言って、納得できるわけではない。
「――すみません、ヘンなこと言って。じゃぁ失礼しますね」
シーモアが踵を返す。
その後輩にシルファが声をかけた。
「シーモア、その荷物は?」
「え? あ、やっぱ先輩分かりましたか。
町へ出られたから、ナティエスにケーキ作ってやろうと思って。先輩に教えてもらって、あたしもどうにか覚えましたし」
苦笑しながら、彼女が荷物をちょっと持ち上げてみせる。
「上手く行くかどうか、てんで自信はないんですけど」
「それなら……また一緒に、作らないか?」
静かな声でシルファが言った。
「いいんですか?」
「ああ。私も作ろうと思って、買出しに出たところだ。
――タシュア、かまわないだろう?」
「ええ」
断る理由など、あるわけもない。
「そしたらさ、ルーフェイアも呼んでこようよ〜。仲間はずれ、可哀想だもん!」
珍しくミルがまともなことを言った。
「また泣いちまいそうだけど、そうだね、呼んでこようか。
さっきたしかあの子、埠頭のあたりにいたっけか?」
「うん」
すぐ戻りますと言い残して、後輩たちが駆け出して行った。