Episode:68
「――すみません。私の責任です」
タシュア先輩の思いもかけない言葉に、驚いて振りかえった。
初めて見る先輩の表情。
「彼女を殺したのは私の知り合いです。
もっと早くに……始末をつけておくべきでした」
「いいえ……」
あたしは首をふった。
ナティエスが死んだのは、たぶんあたしのせいだ。
「あたし……精霊、渡さなくて。
まだ予備、あったのに……イマドには渡したのに……」
精霊を持ってれば、ナティエスは死ななかったんじゃないだろうか。
ナティエスの前に座りこんだまま、あたしは泣きつづけた。
「ごめんね、ナティエス。ごめんね……」
>Sylpha
心配した通り、ルーフェイアはそこへ座りこんで泣き始めてしまった。
私もタシュアもかける言葉がない。
「ごめんね、ごめんね……」
ただそれだけを言いながら、この子が泣き続ける。
タシュアが黙って、その頭をそっと撫でた。
ルーフェイアが泣きやむ気配はない。それほどにナティエスを大切に思っていたのだろう。
あまりにも可哀想で、隣にしゃがんでこの子を抱きしめる。
今日はたぶんあちこちで……同じような光景が繰り広げられているに違いなかった。
(――シルファ)
不意にささやき声で、タシュアが話しかけてくる。
(遺体の身元確認に呼ばれました。ルーフェイアを頼みます)
(わかった)
タシュアが教官の方へと歩いていく。全生徒の顔と名前を覚えている彼は、この役には適任ということなのだろう。
だが……辛い役目だ。
昨日ムアカ先生から聞いたのだが、生徒の死者は二割にものぼったという。そして最も被害が大きかったのが、ルーフェイアたち六年生から九年生(十一歳〜十四歳)だった。
なにしろいちばん大きいルーフェイアたち、九年生のAクラスでさえ四人もの死者、なかには半数近くが死んだクラスまであったらしい。
当然重傷者も多く、無傷で済んだのはごく少数との話だった。
ただ幸いにも、低学年の方は被害が軽かった。
面倒を見ていた生徒たちが命懸けで守ったことと、タシュアの的確な判断とが子供たちを救ったのだ。
――それでも、ゼロというわけにはいかなかったのだが。
ルーフェイアはまだ泣いていた。このままでは一日中泣いていそうだ。
かといってこの冷えた地下――遺体の保存のため、冷気魔法で作った氷が置いてある――でずっと座りこんでいたら、今度はこの子が体調を崩すだろう。
「ルーフェイア、いったん部屋へ戻った方がいい。なにかあったら、すぐ呼びに行くから」
「あ、はい……」
泣きながらルーフェイアが立ち上がる。
「さぁ、行こう」
促すと、この子がゆっくりと歩き出した。
並ぶ遺体の間を歩いて、エレベーターへと向かう。
その途中で、教官に呼びとめられた。
「君たちは手が空いているのか? もしそうなら、いろいろやってもらいたいことがあるんだが……」
たしかに遺体の確認や搬送、重傷者の手当て、館内の掃除や修繕など、やるべきことは山積みになっている。動ける生徒は貴重な労働力だった。
だが今のルーフェイアになにかしろというのは、あまりにも酷だろう。
「その……この子はちょっと、参ってて……」
「ん? あ、ルーフェイアか。それは仕方ないな。
――そうしたらシルファ、君だけでも頼む。彼女を部屋へでも送って、ここへ戻ってほしい」
「わかりました」
ルーフェイアの繊細ぶりは、学園内に知れ渡っているらしい。
「……先輩、あたし……部屋へ、ひとりで帰れます」
意外にもちゃんと話を聞いていたらしく、涙を拭きながらこの子がそう言った。
「本当に大丈夫か?」
途中でまた泣き出してしまうのではないかと心配になる。
「だって……寮までですから……」
「それはそうだが」
だがたしかに寮までなら、帰れないこともないだろう。
「そうしたらルーフェイア、気をつけて戻るんだ。私もあとで行くから」
「――はい」