Episode:64
一瞬魔法で眠らせてしまおうかとも思ったが、さすがにそれはためらう。
「ともかく脱ぐのはやめてください」
タシュアにしてみればこんな状態のパートナーに、乗じてそんなことはしたくないだけだった。
が、シルファはそうではなかったようだ。
「私は、私は……」
彼女の紫水晶の瞳に涙が浮かんだ。
「タシュアにとって、私は……」
泣き出してしまった彼女を見て、今更ながらに気付く。
「すみません。心配させましたね」
「違う、そうじゃない!」
酔っているせいもあるのだろう。珍しく強い口調だった。
「タシュアは、いつもひとりで……なのに、私はなにも……」
シルファの瞳から、また涙がこぼれる。
「なにも……なにも出来ない……タシュアに、返せない……」
「そんなことはありませんよ」
子供のように泣きじゃくる彼女を、タシュアはそっと抱き寄せた。
優しいシルファ。
辛い経験に閉じこもってしまった自分を引き上げたのは、シルファのこの優しさだ。
もう十分、返してもらった。
いや、返してもらったのではない。
――与えられたのだ。
彼女に必要とされなければ、今も自分はあのままだったろう。
「タシュアに、タシュアに……」
そう言って泣きつづけるシルファの頭を、ゆっくりと撫でる。
何もいらない。
今度は自分が返す番だ。
「私にとってあなたは……」
言いかけてタシュアは苦笑した。
まだ小さく泣きながら、だがパートナーは腕の中でうとうとしている。
無理もなかった。
夕方のルーフェイアではないが、シルファもまた疲れ切っているはずだ。そこへ酔った挙句にこれだけ泣いては、体力が持つわけがない。
「ゆっくり休んでくださいね」
抱き上げてそっとベッドへ移してやる。
降ろした時にシルファは少し目を開けたが、そのまままた寝入ってしまった。
――泣きながら。
「すみませんでした……」
自分に余裕がなかったばかりに、彼女まで傷つけてしまった。
あれほどの経験をして、平気なわけがない。あんな狂気に晒されて平然としていられるなど、もはや人ではないだろう。
終わったあとでもいいから、守ってやるべきだった。
自分が狂気の残滓を、退けてやるべきだった。
手を伸ばす。
起こさないようにしながら頭を撫でてやると、やっとパートナーの寝顔が安心したものになった。
「――シルファ」
その彼女に語りかける。
「私にとってあなたは……最高のパートナーで、最愛の女性なのですよ」
聞くものは、いない。
期待させてごめんなさい。何事もないです。