Episode:57
まず三階へ上がり、ルーフェイアの部屋へと向かった。
「いけない、鍵が……」
手が塞がっているタシュアの代わりにドアを開けようとして、気が付く。
「ルーフェイア、起きてもらえますか? 部屋を開けますから鍵を貸してください」
「……え? あ、はい……」
タシュアに起こされたルーフェイアが、鍵を差し出した。だがぼうっとしていて、またすぐに眠ってしまいそうだ。
受けとって急いでドアを開ける。
寝室まで入ったタシュアが、一旦この子を椅子にかけさせた。
「シルファ、クローゼットからこの子の着替えをなにか、出してやってもらえませんか?
ルーフェイア、辛いでしょうが服だけは着替えなさい。返り血を浴びたままではベッドに入れませんよ」
ぼんやりとルーフェイアが目を開ける。見ていても可哀想なくらいに疲れ切っていた。
「タシュア、私が着替えさせるから」
「では私は向こうにいます」
タシュアが隣の部屋――二人部屋の共用部分――へ出ていったのをたしかめて、この子を清潔な服に着替えさせる。それからタオルを濡らし、顔や手足を拭いてやると、汚れと返り血とでタオルが赤黒く染まった。
きれいになったこの子をベッドへ移して毛布をかけたが、身動きひとつせず眠ったままだ。
きっと、辛かっただろう。
だがそれでも、ルーフェイアは一言も弱音を吐かなかった。繊細で泣き虫だが、こういうところは気丈だ。
頭をそっと撫でてから、私も共用スペースのほうへ移動した。
「――タシュアは大丈夫なのか?」
心配になって尋ねる。
私やルーフェイアほどではないにしろ、タシュアも疲れているはずだ。
「私も完全とは言い難いですね。普段の六〜七割程度です。まぁ、二、三日もすれば回復しますが」
言いながらタシュアが、ルーフェイアの太刀を手に取って手入れを始めた。
「放っておいたら傷みますからね。かといって今のルーフェイアでは、やれと言っても無理でしょうし」
それは同感だった。
当人は必死なだけだったのだろうが、ルーフェイアの働きは間違いなく学年一だろう。全校生徒の中でも、上級生を差し置いて上位に入るはずだ。
だがそのせいで、限界以上に疲れ切ってしまっている。
「かなり疲れているみたいだ。今も……身動きさえしなかった」
「そうでしょうね」
それだけ言って手入れを続けるタシュアの隣に、腰を下ろす。
「タシュア……さっきは、その、すまない……」
「なんのことですか?」
「いや、つい兄弟のことを……」
タシュアは自分のことを知られるのが嫌いだ。なのにとっさとはいえ、思わず口を滑らせてしまった。
だが落ちこむ私に、タシュアが僅かに微笑む。
「かまいませんよ。私の方こそかばってもらって、ありがとうございます」
――他の誰もが見たことのない表情。
冷酷、毒舌で通っているタシュアがこんなことを言うなど、他の生徒には想像さえ出来ないだろう。
「今度から、もっと気をつけるから……」
「ですから、気にしないでください。
――それにしても幸運でしたね」
とっさに意味が掴めない。
「その、何が幸運だったんだ?」
「向こうの戦力があれだけだったことと、脅しがよく効いたことですよ。
もし私ならそんなものは無視して、今のこの時を狙って軍を再編し、急襲しますね」
さらりとタシュアが言う。
「慣れない戦闘が終わり、ほとんどの生徒が疲れ切って気が抜けています。余力のあった生徒も、怪我人の治療に奔走しているわけですし。
――間違いなく殲滅できますよ」
「……たしかにそうだな」
言われて初めて、たしかに幸運だったことに気付く。