Episode:56
>Sylpha
やりきれなかった。
たしかに命令を無視したのは事実だ。だがそうしなかったら、低学年の被害はこの程度では済まなかっただろう。
タシュアは……すべきことをしたのだ。
弟をその手にかけてまで子供たちを守った彼を、誰が非難できるというのか。
だが、タシュアは言わない。
いつもそうなのだ。
そうして周囲は勝手な憶測で誤解して……。
「もうこれでいいから。みんなご苦労さま」
ムアカ先生の言葉で、はっと現実に帰る。
「後はこっちで引き受けるから。あなたたちはもう、部屋へ帰って休みなさい」
それを聞いてほっとする。
――やっと休める。
身体がひどく重かった。
すぐ向こうでもルーフェイアが立ち上がったが、かなり辛そうだ。
今にも倒れそうに見える。
「ルーフェイア、大丈夫か?」
「はい、大丈夫……です」
そういう声にも、まったく力がない。
無理もなかった。華奢な上にずっと最前線に身を置き、そのあとも休みなしで手当てに奔走していたのだ。
むしろよく頑張ったと言うべきだろう。
「あ……」
そのルーフェイアがよろけ、太刀が音を立てて落ちた。
とっさに手を伸ばす。
だがそれよりも早く、タシュアがこの子を支えた。
「シルファ、私とルーフェイアの武器を持ってくれませんか? 私はこの子を連れて行きますから」
「わかった」
ルーフェイアの太刀を拾い、タシュアの大剣を受け取る。
少女をタシュアが抱き上げた。
「すみま……せ……」
それだけ言うと、この子が目を閉じる。
「大丈夫なのか?」
「気を失っただけでしょう。休ませれば回復するはずです」
言いながらタシュアが歩き出す。
私も慌てて後に続いた。
静まり返った館内。
――墓場のようだな。
不意にそんなことを思って頭を振る。
ここはそんな場所ではない。
そう自分に言い聞かせるが、あまり効果はなかった。
焼け焦げ。遺体。血の跡。
時折すれ違う生徒も疲れ切って生気がなく、どこか亡霊を思わせる。
早く部屋へ戻りたかった。
平穏さを残してる場所へ。
血の臭いのしない場所へ。
だから惨劇の跡がない寮へ来たときは、心底ほっとした。ここは生徒がいなかったせいで、ほとんど被害を受けていない。