Episode:55
驚いたロアからは怒りの表情が消えたが、それでもシルファはおさまらなかった。
「何よりタシュアは自分の弟を――」
「シルファ!」
タシュアが鋭く制止する。
「だが!」
それでも何か言おうとするシルファに、タシュアはかすかに首を振った。
これは……学院とは無関係のことなのだ。
そしてロアのほうに視線を向ける。
「言い訳をするつもりはありません。ですが今やらなくてもいいでしょう。
――手当てが先です」
「――分かった」
ロアもそれ以上追求することなく、怪我人の手当てへと戻る。
彼女の怒りの原因を、タシュアは分かっていた。海岸へ回った彼女の同級生――いちおうタシュアの同級生でもある――が、何人も死んでいるのだ。
そのやり場のない思いが、こちらへ向いたのだろう。
(――はた迷惑ですがね)
だがそれも、仕方がないのかもしれない。
誰もが疲れ、苛立っていた。
最後の戦闘で船着場が破壊されたため、本土へ船が出せない。イマドが再び門を通って――彼は無傷で通れる――助けを求めに行ったようだが、それもすぐには来ないだろう。
薬も既に底をついている。個人が持っていたものさえも使い切ってしまい、もう頼りは魔法だけだ。
もちろん、魔法を使える者は総動員されている。特に精霊持ちの上級生たちは、魔力も強いためずっと休みなしだ。
だがそれでも……間に合わない。
「あ……」
隣にいたルーフェイアが、立ち上がりかけて膝をついた。
この少女も魔力が並外れて高いため、戦闘終了直後からずっと魔法を使いつづけている。
だがこの子はまだ十四歳だ。しかも女子で小柄な上に、戦闘開始直後から最前線で死闘を繰り広げていたのだ。
もう体力の限界など、とうに超えているはずだった。
「ルーフェイア、あと少しです。頑張りなさい」
タシュアが声をかける。
休ませてやるべきなのは百も承知だ。だがそれさえ出来ないほど、状況は追い詰められていた。
「はい」
少女も戦場で育っただけあって、事態を良く理解しているのだろう。気丈に返事を返して手当てを続ける。
(これでどこが――勝ったと言うのでしょうね?)
勝利の歓喜など欠片もない。
あるのはただ……空虚さとうめき声と、死。
終わらない悪夢の中を、学院はさまよい続けていた。
>Rufeir
「もうこれでいいから。みんなご苦労さま」
そうムアカ先生が言ったのは、もう時間も分からないほど手当てを続けた後だった。
「後はこっちで引き受けるから。あなたたちはもう、部屋へ帰って休みなさい」
「はい……」
最後の回復魔法をかけ終えて、あたしは立ち上がった。
ふらつく足元に力を入れて、どうにか歩き出す。
頭が痛かった。それに吐き気がする。疲労が限界を超えているせいだろう。
「ルーフェイア、大丈夫か?」
見かねたのか、シルファ先輩が声をかけてくれた。
「はい、大丈夫……です」
やっとそれだけ答える。
本当はここへ倒れてしまいたかった。でもそんなことをしたら、治療の邪魔になってしまう。
出口までがひどく遠い。
「あ……」
また足元がふらついて、手から太刀がすべり落ちる。
態勢を立て直せない。
――倒れる。
そう思ったとき、誰かがあたしの身体を支えた。
「シルファ、私とルーフェイアの武器を持ってくれませんか? 私はこの子を連れて行きますから」
タシュア先輩が言いながら、あたしを抱き上げてくれる。
「すみません……」
それだけ言うのが精一杯だった。
意識が遠のく。
必死に繋ぎとめようとしたけど、どうすることも出来なかった。