Episode:50
さらに次の呪文を唱える。
「――アシッド・ディゾリューションっ!」
魔法で生み出された水が、彼らの上に覆いかぶさる。
「馬鹿にするなよ、この程度の呪文――」
たしかにこの程度の呪文じゃ、ほとんどダメージは与えられない。
――けど。
「ケラウノス・レイジっ!」
上級雷系呪文が水を伝って、本来よりも遥かに広い範囲を射程に納める。範囲のせいで威力こそおちたけど、いかづちが一瞬のうちに相当数の兵士を感電させ、身体の自由を奪う。
魔法にはこういう使い方もあることを、彼らは知らない。
そこへ先輩たちが突っ込み、鮮やかに切り込む。
飛び散る紅い滴。
上がる絶叫。
――一方的な、虐殺。
戦いの狂気がここへ収束していく。
「やむをえん、あれを出せっ!」
敵の将校が叫んだ。
「おや、この期におよんで、まだ何かおもちゃでも出すつもりですか?」
当然だけど、将校の答えはない。
代わりになにか隠者っぽい人が、呪文を唱えた。
空気が揺らめいて、巨大な生き物の姿に変わっていく。
「まさか、魔竜……?」
「そのようですね」
先輩が肯定する。
その辺りをウロウロしている竜とは、まったく異なる生き物。
精霊を喰らって力を得た、そう言い伝えられている、人間を嫌う無慈悲な存在。
『ひ弱な人間ふぜいが何をするつもりだ? 滅びる宿命の身で、我にかなうと思うか?』
竜の口から、意外にも人の言葉が放たれる。
「そういう割には、その人間ふぜいとやらに、あなたは従っているようですがね」
すかさずタシュア先輩が言い返した。
「自分の主を見下して、ようやく精神の均衡でも保っているのですか? だとすれば、ずいぶん情けない話ですこと」
低いうなり声。あまりな言われように、さすがに気を悪くしたのかもしれない。
ゆら、と竜が動く。
『愚かすぎて、己の立場も分からぬらしいな……』
その顎が大きく開く。
シルファ先輩がわずかに動いた。紅いくちびるから、呪が紡ぎだされる。
あたしも別の詠唱を始めた。
「根源の焔、時の風……」
ごう、と音を立てて、炎が吐き出される。
焔が周囲で踊った。
「それで、これがどうかしましたか?」
平然とタシュア先輩が言う。
シルファ先輩が張った結界と、それぞれが元から持っている精霊の力とが、炎を防ぎきっていた。
『きさまら、何者……』
竜の言葉に驚愕が混ざる。
「いま光の波となり、世界の境界を越えてここに集え――」
あたしの呪文が完成する。
「ルドラス・アグネアスっっ!!」
究極ともいえる魔法が炸裂した。