Episode:29
一歩、出た。
怯えた悲鳴があがる。
完全に浮き足立ったあたしの周りに向かって、すかさずロア先輩がこんどは雷系呪文を叩き込んだ。
また何人もがいかずちの餌食になる。
でも、中心にいるあたしは無傷だ。
太刀を構えると、周囲から敵が引く。
その時、後ろで絶叫があがった。
――セアニー?
この声、同じクラスのセアニーだ。声から判断して致命傷。
でも、そっちへ振り向く余裕さえない。回復魔法をかけるなんてなおさらだ。
――ごめん、セアニー。
あたしは心の中で謝りながら、再び敵に突っ込んだ。
キリがない。
普通だったらこれだけ戦えば、どっちかに戦局が傾き始めるはずなのに。いったいこの敵は、どれだけの兵力を投入したのか。
と、敵兵を運んできている大鳥が、堕ちていくことに気がついた。
鳥の翼が燃えている。きっと誰かが魔法で……。
――そうか!
船団にどのくらいの兵がいるかは分からない。でも輸送手段をなくしてしまえば補充は出来ないし、船からの上陸は地点が限られる。
きっと今やってるのは、タシュア先輩だと思った。いち早くそのことに気づいて、まず鳥を落しにかかったんだろう。
「ロア先輩!」
敵を切り倒し、わずかに空いた時間に叫ぶ。
「鳥です! あれを落さないと!」
「鳥……? あ、そういうことか!」
再び指示が出る。銃火器持ちと魔法に長けた生徒がどうにか集められ、空を舞う鳥を攻撃し始めた。
堕ちた鳥と兵には、接近武器を持つ生徒がとどめを刺す。
――あれ?
倒された大鳥の足に付けられてる、識別環。見たことがある。
隙を見て近寄って、外してみた。
「ロア先輩、これ……」
「なにこれ、ロデスティオ国の傭兵隊の紋じゃない」
あの国の傭兵隊は、汚れ仕事をするので有名だ。ただ証拠はなくて、そういう「噂」だけだった。
所属不明の敵と、そういう傭兵隊の紋。
混乱させるためにわざとやってる可能性もあるけど……たぶん外し忘れだろう。そのほうが、兵装なんかが納得行く。
でも、理由が分からない。
ロデスティオの誰かがここを邪魔だと思ったんだろうけど、そう考えた根拠が掴めなかった。
「まぁいいや、これ、あたしが預かるから。さ、ルーフェイア、出て」
「はい」
そう。悩むのはあとでも出来る。
先輩が拾った識別環の報告をするのを聞きながら、あたしはもう一度切り込んだ。
兵を運んでた大鳥を落としたのが良かったらしい。少しづつだけど、敵の数が減ってきている。
けど……それでも劣勢だった。
生徒たちの悲鳴が、叫びが、途切れることなく続く。そのなかには明らかに、死のうとしている声が混ざってる。
「俺らの学院、好き勝手になんかさせるかよっ!」
誰かが叫んだ。
はっとする。
――「俺らの」なんだ。
この学院にいる生徒のうち、かなりの数が孤児だ。シーモアもナティエスもイマドも……やっぱりそうだ。
当然頼る人もなく帰る場所もない。この学院以外に居場所がない。
けどあたしは――違う。
戦場を渡りあるっているとはいえ両親は健在だ。
それにたとえこの学院を辞めても別に困ることもない。路頭に迷うということ自体が、あたしの場合はありえなかった。
みんなはこの学院を、家を守るために戦っている。
――じゃぁ、あたしは?
答えは虚ろだ。
長い年月、血統を重ねた傭兵の一族が生みだす、血の結晶。
それがあたしだった。