Episode:27
ナティエスをはじめ、この教室で殺されていた子供たちは、明らかにバスコの敵ではない。
それをこの弟は、己の快楽の慰み物とした。
抵抗などしようのない子供たちを捕まえ、わざと苦しむような傷つけ方をし、そのさまを見て喜んでいたのだ。
「きょ、兄弟じゃねぇか……なぁ……」
「ずいぶんと都合のいい脳細胞のようですね。たった今その兄弟を殺そうとしていたのは、どこのどなたですか?
それに私にとって兄弟といえるのは、あの二人だけです」
必死の懇願に、タシュアはそう言い放った。
漆黒の剣が、再び大きく振るわれる。
「兄弟を殺しても何とも思わねぇのかよぉっ!!」
「――死ね」
バスコの首が飛んだ。
吹き上がった血が辺りを紅く染める。
その返り血を浴びるタシュアに、表情はなかった。ただ冷たい視線で、骸となった弟を一瞥しただけだ。
そして振り返る。
教室の奥にはまだ、倒れたままの子供たちの姿があった。
中でもいちばん小さい遺体にタシュアが歩み寄る。
「すみませんでした……」
この子はまだ十年と生きていない。
あと少し来るのが早ければ、全員を助けられただろう。その思いがタシュアの声を、沈痛なものにしていた。
上着を脱いで少女たちにそっとかける。
「あとで迎えに来ます。それまで寂しいでしょうが、我慢してください」
小さなリティーナを真ん中に、両脇に上級生のクライブとアイミィとを並べて寝かせ、そう三人に言い聞かせた。
そして従属精霊を取り出す。
「あまり使いたくはないのですがね……」
タシュアは普段はこれを使わない。
それは従属精霊に頼らない力をつけるためもあったが、なによりも更なる力を得た自分を制御しきれるかどうか、自信がないからだった。
だがこの期に及んでは、なんとしても押さえ切るしかない。
部屋を見回す。
割れた窓ガラス。叩き壊された机。血にまみれた床。散乱するいろいろなもの。無残な姿をさらす子供たち……。
狂気が走り去った跡は、あまりにも虚ろだ。
そのなかで自分だけがひとり、異質のように思える。
(――いえ、私自身も狂っているのかもしれませんね)
自分とて弟をこの手にかけているのだ。
あるいは何もかもが――狂っているのかもしれない。
ただここで立ち止まっているわけにはいかなかった。
まだ惨劇は続いているのだ。
「今は……悪夢を見ることにしますか」
タシュアとて人を殺すのが好きなわけではない。
それでも……。
もう一度、冷たくなった少女たちに視線を落とす。
この子たちは間に合わなかったが、自分にそれを止めるだけの力があることを、タシュアは承知していた。
「我が内に宿れ、黄昏の狼と地獄の番犬」
言葉に応えてあの独特の感覚が走る。
同時に従属精霊の力を得て、自分が人の範疇を超えたことも知る。
自分自身が殺戮のための道具と化すなど、まさに悪夢以外の何者でもない。
だが、それで助かる命もあるはずだ。
まだ吹き荒れる狂気から、ひとりでも多く救わなければならない。