Episode:26
>Tasha Side
ナティエスを抱いて、シルファが出て行く。
子供たちの足音が遠ざかっていった。
あちこちから聞こえる悲鳴。爆発音。
だが……ここだけはまるで、時が止まったようだった。
その中で、兄弟が対峙する。
「ずいぶんとよぉ、甘っちょろくなったもんじゃねぇか」
タシュアをを見下すようにバスコが言った。
すでに兄を超えたと思っているのだろう。
「神に抗う者だの大層な名前を喜んでた割にゃ、落ちたもんだなぁ!」
「たしかに……私は変わりました」
その弟に、静かに兄が言葉を返す。
「ですがその変化を、私自身が気に入ってもいます。守るべきものもできました。それを守るためならば、かつて以上に冷酷にもなれます。
――試してみますか?」
タシュアが初めて表情を見せる。
氷よりも冷たい微笑。
「な、なに笑ってやがる……」
死神の微笑みに弟の声が震えた。
「ですから、試してみなさいと言っているのです。
――私を超えたのでしょう?」
「だったら死ねっ!!」
バスコが戦斧を振り上げ、タシュアへと挑みかかる。
数え切れないほどの犠牲者の血を吸ってきた戦斧が、勢い良く振り下ろされた。
だが刃は、虚しく床をえぐっただけだ。
「おやおや、ずいぶんのんびりとした攻撃ですね。そのうち蠅がとまりますよ」
タシュアは軽々と後方へ跳び、簡単に避けてみせたのだ。
その顔には、どこまでも冷たい嘲笑。
「このぉっ!」
逆上したバスコが次々と斧を繰り出す。
常人なら決して避け切れないような鋭い攻撃。
が、どれも空を切るばかりだ。
「掛け声だけは勇ましいですねぇ。当たらない以上意味はありませんが。
それと備品を壊さないでいただけますか。どうせ弁償する気などないのでしょう?」
言いながらタシュアは教室内を移動し、一番前まで戦いの場が移っていく。
「なんだかんだ言って、逃げてるだけじゃねぇか!」
「そう言うのでしたら、逃げられないような攻撃をしてみなさい」
教卓に寄りかかりながらのタシュアの言葉は、まさに嘲ってるとしか言いようがない。
「もっとも、力任せに斧を振るうことしかできない脳細胞では、連続技など考えもしないのでしょうが」
「――!」
言葉にならない雄叫びをあげて、バスコが斧を大きく振り下ろした。鈍い音がして、刃が完全に教卓――端末も兼ねた、据え付けの大きなもの――にめり込む。
が、やはりそこにタシュアの姿はなかった。
「さて、どこを切り落としてほしいですか?」
バスコのすぐ隣で、死神が囁く。
「う……うおおおぉぉっ!!」
抜けないほど深く食い込んだはずの戦斧が、引き抜かれ薙ぎ払われた。
初めて二つの刃がぶつかり合う。
「なっ――!」
バスコが驚愕の色を見せた。分厚い戦斧の刃が、真っ二つに折り飛ばされたのだ。
「武器はただ振り回せばいいというものではないのですよ。
まぁあなたの単純な頭で、それが理解できるとは思えませんがね」
タシュアの大剣が閃く。
黒い残光としか言いようのないものが軌跡を描く。
あっさりとバスコの左腕が切り落とされ、脇腹まで黒い刃が食い込んだ。
激痛に弟が絶叫する。
「痛みだけは、人並みに感じるようですね」
言いながらタシュアが、容赦なく両足をも切り落とした。
――ナティエスと同じように。
「いかがです? 少しはやられる側の痛みがわかりましたか?」
冷酷なまなざしがバスコを射る。
「たっ……助けてくれ……アニキ……」
弟の、兄への懇願。
だがタシュアの答えは冷たかった。
「そう言った方々に、あなたは何をしてきました?」