Episode:22
「――なんでぇ、だんまりかよ?」
バスコが見下したような笑いを浮かべる。
「まぁ、戦いの最中に女を連れ歩くほど落ちぶれたキサマじゃなぁ。ムリねぇか」
どこか勝ち誇ったような響き。
瞬間、思い出した。
タシュアには弟がいると、聞いたことがある。そしてどこかの傭兵隊にいることも。
この弟は、兄にあたるタシュアを超えたいのだ。
だが上手く言い表せないが……彼が知っているのは多分、タシュアになる前のタシュアだ。
そして今のタシュアは、誰も手が届かないような高みへと昇りつづけている。
――自分を責め続けることで。
それを、この弟は知らないだろう。
「ほら、なんとか言ってみろよ」
「――シルファ。
ナティエスと低学年を、安全なところまでお願いします」
弟の挑発を、タシュアは完全に無視する。
「先ほど上がってきた階段を利用して地下へ降りれば、当分は安全なはずです」
「タシュア……」
彼が他人に頼み事をすることは、あまりない。だから断ることができなかった。
だいいち悔しいが、私がここにいてもタシュアの足手まといになるだけだろう。
「頼みましたよ」
「――わかった」
存分に戦えるようにと、急いで出口へ向かいかける。
「それからこれを」
「え?」
驚いて振りかえる私に、タシュアが眼鏡を外して差し出した。
血の色をした瞳が光にさらされる。
以前タシュアが言っていた。この眼鏡は見るために必要なのではなく……制限するためのものだと。
強すぎる力を制御するための、いわば手段だ。
それを私に預けると言うことは――。
「預かっておいてください。後から取りに行きますので」
その横顔には表情がない。
表情がないからこそ恐ろしかった。
――やはり、本気なのか?
私に怒りが向けられているわけでもないのに、身体が冷たくなる。
タシュアは本気で弟を……。
戦いが孕む狂気が、辺りを侵しつつあるようだった。
>Imad
海岸に顔を揃えたメンバーは、だいたい一個中隊ってとこだった。
資格が限定されっから、上級生のそうそうたる顔ぶればっかだ。次々出る指示にも、反応が早えぇし。
――って、俺が最年少か?
けどもう一学年下で合格すんのはさすがにキビシいから、まぁそんなとこだろう。
「イ〜マド♪」
「なんでお前がここにいるんだよ……」
さっきまで一緒にダベってたミルに声をかけられて、一気に不安になる。
――そりゃ、腕はたしかだけどよ。
ただこいつ、どう考えても性格が……。
「え〜、あたしちゃんと、三級持ってるもん! すごいんだから☆」
「分かった分かった!」
戦闘直前のピリピリしてるとこで、頼むから素っ頓狂な声で騒ぐなっての。
案の定、周囲が白い目で見てやがるし。
「おい、シーモアはどうしたんだよ?」
「あ、シーモアはねぇ、船着場行ったよ♪」
「――マジ?」
頭が痛くなる。
一縷の望みをたくして周囲を見回してみても、やっぱ同じクラスは俺だけってやつだ。
ってことは、俺がこいつのお守りか?
――冗談。
ンなことしてた日にゃ、戦う前に倒れちまいそうだ。
「ねぇねぇねぇねぇ、イマド、そ〜いえばルーフェイアは?」
こいつやっぱ学習機能ついてねぇ。またきゃいきゃいと騒ぎ立てて、周囲のヒンシュク買ってやがる。
「あいつ、検定受けてねぇんだよ」
「え〜、どしてどして? なんでイマド、ちゃんと受けさせてあげなかったの?」
「俺に言うな!」
あいつの場合事情が事情だけど、それをここで言うわけにもいかねぇし。
「けどけどぉ、ルーフェイアいなかったらキビしいよね〜」
「いいんじゃねぇか? その分校舎の守備が堅くなるからな」
他にも向こうには、運営に関わってるような先輩たちが回ってる。
「向こうがきっちり守ってくれれば、俺らは考えないで済むんだぜ?」
「でもぉ」
その時……聴こえた。
「――悲鳴? どこだ?」