Episode:21
――ナティエスが!
この子は私もよく知っている。ルーフェイアの親友で任務に同行してもらったこともあるし、なにより昨日一緒にケーキを作っていたのだ。
その後輩が無残な姿を晒していた。
それだけではない。
奥のほうにはまだ、切り刻まれたとしか思えない遺体がいくつもある。
――最初に聞いた声は、まさかこの子たち?
そして、その前に立ちはだかるこの男……。
鳥肌が立つのがわかった。
かなり……やばい相手だ。
タシュアを磨き抜かれた名剣に例えるなら、眼前の男はさながらマシンガンのようだった。
大量虐殺を目的とした武器。
人を殺すことに悦を感じている。
苦しむナティエスを見て浸り切っている。
その彼がゆっくりと顔を上げた。
なぜだろう? タシュアとこの男との視線が絡む。
にやり、と男が笑った。
「久しぶりだなぁ、タシュアのアニキ。会いたかったぜぇ」
タシュアは答えず、倒れているナティエスを抱き上げた。
左腕と両足が切り落とされている。わき腹も大きくえぐられて、内臓が溢れていた。
「今、呪文を……」
「シルファ、もう無駄です」
そう言ってタシュアが即効性の鎮痛剤を取り出す。
まだわずかに息のあるこの子を、少しでも楽にしてあげようというのだろう。
「タシュ、ア……せん……ぱい?」
鎮痛剤が効いたのか、ナティエスが目を開けた。
「喋らないように。傷に障ります」
穏やかなタシュアの声。
それに安心したのか、この子が微笑みを浮かべた。
「せんぱ……あの子……た……おね……が……」
「心配ありません。あの子たちは必ず私が守ります」
そのタシュアの言葉は、果たして聞こえたのだろうか?
がくりとナティエスの身体が力を失った。
――微笑みを浮かべたまま。
私のうちに、怒りが湧き上がる。
だがそれ以上の怒りを見せたのがタシュアだった。
私にナティエスを預けると、音もなく立ち上がる。
「バスコ……」
この場にそぐわない、あまりにも静かな声だった。
背筋に冷たいものが走る。
タシュアは……怒りが激しいほどに、その声音が冷たくなる。
「なにを怒っているんだぁ? ガキどもを殺したことかぁ?」
対して愉しむような薄笑い。それがどうしたと言わんばかりの口調だ。
――狂っている。
その口調から、瞳から、表情から、狂気がにじみだしている。
いったい何が、ここまで彼を狂わせたのか。
それとも「戦い」という狂気そのものに、既に同化してしまったのか……。
「ヴィエンにいた頃は、敵なら降伏しても皆殺し、さらに味方すら見殺しにしたキサマが――死神とまで恐れられたキサマが、この程度で怒るか。
ずいぶんと変わったものだなぁ!!」
バスコと呼ばれた男が吼える。
一方で、対するタシュアはどこまでも静かだった。
大剣さえも構えず、ただそこに、在る。
その対峙するさまに、私は圧倒されて、立ちすくむだけだ。