Episode:20 狂気
>Sylpha
「始まりましたか」
校庭からの悲鳴を聞いて、タシュアがつぶやいた。
「シルファ、急ぎますよ」
「ああ」
二人で走り出す。
まだ船団が上陸しないうちから敵が攻めてきたのだから、急がないと低学年まで襲われかねなかった。
だがタシュアはエレベーター――年季が入った昔風のものだ――へ向かおうとしない。
「タシュア、上へ行くんじゃなかったのか?」
教室はすべて、二階以上の配置だ。
「そうです」
「エレベーターは向こうだが……?」
不思議に思ってそう言うと、タシュアが指摘した。
「エレベーターは危険です。いつ館内まで攻め込まれるかわかりませんからね。
それに万が一低学年を避難させるとすれば、階段の状況を確認しておかなければなりませんし」
そう言って、普段誰も通らないような場所へと向かう。
「こんなところに……」
人目につかない場所に非常階段があった。
「ここはまだ、大丈夫のようですね。
――さて」
言いながらタシュアは、階段入り口の扉を閉めてしまう。
たしかにこうしておけば、ちょっと見た目には階段があるとはわからない。鍵こそかけてはいないが、そう簡単に侵入されずに済みそうだった。
「どうやら通れるようですね。
退路も確保できたことですし、シルファ、行きますよ」
「あ、ああ……」
いつもながら彼の冷静さには舌を巻く。当然といえば当然なのだが、この状況でこれだけ効率よく動ける人間はあまりいないだろう。
二人で急いで階段を上がる。
――?
途中まで上がったところで、たしかに声を聞いた。
「タシュア、今のは……?」
「先に行きます」
一気にタシュアがスピードを上げる。こうなると私ではとても追いつかない。
ともかく急いで階段を昇り切ると、いくつかの教室から次々と、低学年の子たちが出てくるところだった。
「大丈夫か?」
「はい。タシュア先輩が来てくれましたから」
このクラスの担当らしい上級生が、はきはきと答える。
「この先に非常階段があります。それを使って地下まで移動しなさい。しばらくは安全なはずですから」
最後に出てきたタシュアが指示を出した。
「わかりました。
――みんな、行くよ」
手際よく年長の子が低学年をまとめて、安全な場所へと避難が始まる。
その時、絶叫が聞こえた。
「隣か?!」
今のは明らかに断末魔の声だ。
低学年の誰かが、犠牲になってしまったのか……。
『手の空いてる隊、教室へ来てくれ! 低学年が襲われてる!!』
やっと、緊急事態を告げる報告が入る。だがどう見ても遅すぎるだろう。
襲われたとおぼしき隣の教室へ飛びこむ。
その私の目に、信じたくない光景が飛び込んできた。