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箪笥侍  作者: 豊福 れん
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満月の夜

 満月の日がやって来た。窓の向こうには丸い月がぽっかりと浮かんでいる。台所では坂本さんがサンマを焼いていて、香ばしいいい匂いが家中に漂う。

 この頃はだんだん日が短くなってきた。日が落ちると肌寒さすら感じる。いつの間にか紅葉も色付きはじめ、季節は順調に足を進めているらしい。

 わたしのお腹も少し大きくなってきた。坂本さんは相変わらずで、時々お腹を見ては嬉しそうにしている。



「よし。サンマも焼けた頃やき、引き出しを開けてみるぜよ。」



 引き出しを開けると、醤油の香りがふわりと香る。耳をすませば、かすかに話し声も聞こえた。聞き慣れない京言葉に、やはりここで繋がっていたのだと妙に納得してしまう。

 近江屋の人だろうか。引き出しの向こうから聞こえる女性の声に、二人して思わず聞き耳をたてた。



「ああ、お佐江はん。才谷はんを知りまへんか?」


「さあ、知りまへんけど。どないしはりましたんえ?」



 彼女の言う「才谷」とは、坂本さんの変名だ。



「石川はん言わはる方が才谷はんを訪ねて来られたんどす。せやけど、店中探しても才谷はんがどこにも居はれへんさかい、出直す言うてお帰りにならはったもんやから、才谷はんに言付けとこう思うたんどす。」


「そうどしたか。生憎わては見てしまへん。」


「おおきに。ほな、もう少し探しますさかいに、見かけたら教えとくれやす。」


「お気張りやす。」



 女性は坂本さんを探しているらしい。ちなみに、「石川」というのは中岡慎太郎のことだ。

 二人の口振りから考えて、坂本さんが近江屋から居なくなってから数時間といったところだろうか。こちらでは既に2ヶ月程経とうとしているのだが、時間の流れが随分違うようだ。



「参ったのう。ワシはここにおるきに、会えんちや。中岡はまっこと間の悪い男じゃのう。」


「やっぱりこの箪笥、向こうと通じてるんやわ。良かったですね、坂本さん。次の新月で向こうに帰れそうですね。」


「そうじゃのう。けんど、ちっくと寂しい気もするがよ。」



 そう言って、坂本さんは眉尻を少し下げる。そして、寂しそうに笑い、わたしを見つめた。情に厚い人だと思う。



「寂しくなりますねえ。けど、坂本さんは向こうで大仕事が待っているんでしょう?」


「それはわかっちゅう。けんど、正直言うと、帰りとうないというか・・・。ここにおったら誰にも狙われんきに安心じゃし、何より居心地がえい。それに、こじゃんと平和で豊かな日本を見よると、安心してしもうたちや。」


「そんなん言わんと。坂本さんが日本を変えはるんですよ。居てはれへんかったら、歴史が変わってまいます。」


「何、ワシなんぞちっぽけなもんぜよ。幕末には中岡がおる。桂さんもおる。浪人が一人くらいおらんでも、薩摩と長州がうまーくやってくれるき。」


「えええ?日本の洗濯は?」


「うう、そうなんじゃが・・・」



 坂本さんは、決まりが悪そうに視線をさまよわせながら、ぼそぼそと続ける。


「ワシは、本当ならば土佐で道場主でもしながら生きる筈じゃった。そのうち嫁を貰い、子を生み、静かに一緒を送るもんじゃと、誰もが思うちょった。けんど、時代の波かのう。我ながら波乱に満ちた生き方をしゆうと思うちょる。」


「新しい時代を作るち土佐を飛び出して、走り続けることに後悔はしちょらん。」



 何時でもどこへでも駆けつけるために、身軽に、出来るだけ余計なものは持たずに生きてきたそうだ。家すら持たないので、奥さんのおりょうさんは良い顔をしていないらしい。彼女は穏やかな暮らしを望んでいるそうだが、動乱に身を投じた以上、当分難しいだろうと考えていた。



「けんど、穏やかな暮らしに慣れてしもうたら、戻るのは至難やき。困ったもんじゃ。」


「そうでしたか・・・。」


「おまんとこのまま暮らせたらのう・・・。」



 坂本さんは、ぼそっと小さく何か呟いたように見えた。



「え?何か言いました?」


「いや、何でもないぜよ。ここにおったら、いつでもお加尾さまに会えると思うただけじゃ。」


「もう、だから違いますってば。」



 ははは、と笑いながら、坂本さんはゴロンと寝転んだ。

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