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箪笥侍  作者: 豊福 れん
3/5

手がかり

 

 坂本さんがお風呂から上がるのを待って、わたし達は夕食を始めた。坂本さんは初めは遠慮していたが、お腹は空いていたらしい。多少のの押し問答を経た後、今はもぐもぐとサンマを頬張っている。



「おまん、この家にひとりかえ?」


「いいえ、主人がいます。今は暫く留守にしていますが。」


「そうか。ならば、早よう帰らんとのう。長居してはご亭主に悪かろう。」


「帰るところ、あるんですか?」


「うう、そうじゃった。げに、まっこと、困ったぜよ。」


「あの。ここにいても、いいですよ。」


「そうは言うても・・・。」


「坂本さん、悪い人やなさそうですし、信用してますから。」



 そう言って、わたしはにっこりと笑ってみせた。根拠なんてないけれど、なんとなくそうしたいと思ったのだ。坂本さんは笑いながら、けれど少し複雑そうな表情で答える。



「そ、そうかえ?そう言われると、悪いことはできんねゃ。」



 そういうと、坂本さんはおかずのキュウリの酢のものをぱくりと口に放り込んだ。シャリシャリと口の中で咀嚼音をたてながら、口を開く。



「そういえば。おまんのご亭主も、もしや脱藩かえ?」


「脱藩?まさか。もう藩なんてないですもん。坂本さんは、脱藩なんですか?」


「なぬ?藩がないがか。」


「ええ、それはもう、大昔に。」


「そうかそうか。そりゃあ、えいのう。」



 坂本さんはそう言うと、何か心当たりでもあるのだろうか。至極満足そうにして、一人うんうんと頷いている。



「ワシ、脱藩は2回したき。1回目は許されたんやけんど、2回目は仕方なく、やのう。国に帰ったら殺されゆうところやったき、戻れんちや。」


「殺されるんですか?なんだか物騒・・・。」


「まっこと、こんなにバカらしいことはないぜよ。」



 坂本さんは、ぐっと拳を握り絞める。彼は少しうつむいて、表情が少し曇った気がした。その瞳は強い光をたたえているけれど、奥の方には悲しみや悔しさが隠されているように感じる。帰れないことの他にも、何かあったのかもしれない。けれど、軽々と聞くことも憚るので、わたしは主人の話に戻すことにした。



「主人はアメリカにいるんです。」


「アメリカ?」


「ペリーが黒船で来たでしょう?その国です。」


「なんと、メリケンかえ?ほいたら、ご亭主は黒船に乗ったがか?」


「いいえ。飛行機ですよ。」


「はて、ひこうき?」


  

 空を飛ぶのだと説明すると、坂本さんは飛び上がって驚いた。当時は蒸気機関のついた船が最新の移動手段だったそうだ。「たまるか!」と、身を乗り出し、らんらんと目を輝かせてわたしの話を聞いている。



「船もありますけど、お金と時間が余ってる人じゃないとなかなか乗れませんよ。」


「えいのう。ワシも飛行機に乗って、アメリカへ行ってみたいのう。そういえば、あかねさんは一緒には行かんかったんかえ。」


「ええ。行くつもりにはしていましたけれど、その頃に妊娠が分かったんです。」


「そうか。そりゃあ一大事やき、大事にせんといかんぜよ。」


「だから、わたしは留守番してるんです。」


「維新が成ったら、ワシも世界を相手に商売するつもりやき。とりあえず、ワシは船でアメリカに行こうかのう。しかし、早よう帰らにゃあ、それも叶わんちや。」



 どうしたものか、と坂本さんはうんうん唸りながら食事を続けた。




 あれから数日。何度か箪笥を開けてみたけれど、なにも起こらなかった。きっと何か法則があるのではないか、と坂本さんは言う。

 その日、夕食の準備がひと段落した頃に、あのときの状況を2人で改めて思い出してみることにしていた。料理の傍ら、わたしは洗濯物を畳んで箪笥にしまう。洋服を全て片付けて、最後にハンカチを手に取った。これも仕舞おうと立ち上がり、最上段の引き出しを開けかけた時、台所から坂本さんの慌てた声が響いて来た。



「あ、あかねさん。煮物がふきこぼれて、これはコンロじゃったかがの火が消えてしもうたちや!どうしたらえいかえ?」


「はい只今。行きます。」



わたしはハンカチを箪笥の上にポンと置いて、台所へ移動した。煮物の火をもう一度点けて、弱めに設定する。ついでにサンマをグリルに入れておいた。点火して、再度箪笥部屋に戻ると、そこでは既に坂本さんが胡坐をかいていた。首を捻ってじっと考え込んでいるようだ。



「あの日は満月やったのう。時代が違っても、月は同じやったき。ほんの少しほっとしたぜよ。」


「醤油のにおいがしましたね。」


「うん。あれは恐らく、向こうからやろうけんどな。」



 ふと、窓の外を見た。星が少しだけ見えている。昨日は新月だった。そのせいか、今日も天気はいいが夜空がより暗く感じた。



「月が隠れておるのに、ここは星があまり見えんのう。星は減ったんがかえ?」


「うーん。たぶん、100年やそこらではそんなに変わらへんと思います。街灯とか、昔よりも夜が明るいから、見えにくいらしいです。」


「えいのか悪いのか、フクザツじゃの。」



 坂本さんは、少しだけ残念そうに笑った。暗い夜道は危険だけど、星が見えないのも寂しい、と。

 話ながら、ふとわたしはもう一度箪笥を開けてみようと思った。引出に手をかけたとき、箪笥の上に置いたままにしていたハンカチが見当たらないことに気が付いた。



「あれ、ハンカチがない。箪笥の上に置いてたのに。」


「ワシが来た時にはなかったぜよ。・・・もしや。」



 坂本さんが引出を開けると、引出の中で光の渦が出来ていた。けれど、それはいつかのように、やはりすぐに消えてしまう。それを見た坂本さんは、わたしに向き直ってこう言った。



「あかねさん。こんな仮説はどうかえ。昨日は新月やった。ワシが来た日は満月やった。と、言うことは、月の満ち欠けで道ができる。満月でこっちに来て、新月で昔に戻る。どう思う?」


「でも、昨日は新月だったのに、何も起こりませんでしたよ?」


「うーむ、そうじゃった。むう。」


「あ!サンマ!タイマーを忘れてた!ちょっと火を消してきます。」


「それじゃ!」



 坂本さんはガバリと勢いよく立ち上がった。



「え?」


「あの日もサンマ、焼いとったやいか。」


「あ、そういえば。初めはわたしの分だけ焼いてたけど、後で坂本さんの分も焼いて、一緒に食べましたっけ。」


「ハンカチがないがも、きっとそのせいやなかろうか。」



 2人して箪笥を見つめる。次の満月は二週間後くらいだろうか。それまで待って、一度実験してみようということになった。

 サンマの焦げたにおいが鼻につき始める。わたしはあわてて台所に戻った。




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