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クソガキ  作者: 夜市
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第一話


「殺れ」


 俺に指図するのは、血の繋がっていない親父。


「頼む!! 助けてくれ!!」


 俺に命乞いしてくるのは、血の繋がった他人。


「…………」


 静寂(せいじゃく)とした森の中、刻々と迫る決断の時。


『生か死か』


どちらを選んでも、この先俺を待ち受けているのは地獄。拳銃を握り締めた手が恐怖で震えている。


「さっさと殺れ!!」


 熱り立った親父は、俺に考える時間さえ与えてはくれない。


「……はい」


 小さく返事をし、銃口を派手な服を着た男へと向けた。


「た、助けてくれ──」


 始めて見た、元親父の涙。目尻にシワを蓄えた痣だらけの男が、必死に助けを求めている。


「じゃあな、クソ親父」


 引鉄(ひきがね)に指を掛けると、男は顔を蒼くし更に喚く。

 奴を『親父』と呼ぶのはこれで最後。もう二度と顔を会わせることは無い。

 そう思うと、引鉄を引く指が妙に軽い。

 引鉄を引いた瞬間、静かな森に響く乾いた銃声。激しい振動が骨まで伝わる。

 瞬きをする間もないくらいの速さで移動する銃弾は、皮膚を突き破り体内へ侵入。銃弾を肩に受けた男は、その衝撃で棒切れのように地面へ倒れた。


「くえっ……くえっ……」


 辺りに漂う火薬の匂い。苦痛の声を出す男の服が、見る見る内に赤く染まって行く。

 直後、連続的に響く銃声。銃弾の雨が男を襲う。


「……そうじ……」


 僅かに上がった右腕が俺を探しさ迷う。

 しかし、力なく落ちて行く手。それを最後に、男は動かなくなった。


「そいつに“生きる”という選択肢はない」


 男の息の根を止めたのは親父だ。親父は使用済みの拳銃を懐にしまい、血濡れた顔で俺を見る。


「ひっ──」


 今起こっている現実が上手く飲み込めない。

 俺は声にならない悲鳴を上げ、死神の道具と化した拳銃を地面へ落とした。


「よくやった」


 拳銃を拾い上げた親父が、くっくっと喉を鳴らし嘲笑う。


「埋めとけ」

「へい」


 親父の同伴者は返事をすると、何の抵抗もなく男の身体に触れた。

 二人掛りで運ばれて行く死体。

死体が埋められていく間、親父は“さすが”だとか“よくやった”だとか俺を褒めるが、俺はその言葉を信用できない。


「さすがです、若(若頭)。親を殺すなんて俺には到底出来ませんよ」


 そして、死体を埋め終えた者達が俺をおだてるが、それさえも疑わしい。


「……別に」


 冷めた目を2人に向けると、奴らは眉を潜めた。





「この世界で生きて行きてえなら、親一人ぐらい殺せねえと──」


 車の通りが少ない夜の高速道路を、黒塗りの国産高級車が走り抜ける。頬杖を付きながら窓の外を眺めていると、隣に座る親父が鼻で笑いながら言った。


「さすが組長。言うことが一味も二味も違いますね」

「俺は当たり前の事言っただけだ」

「いや、世の中その当たり前の事ですら言えない奴も居るんです。

──そうですよね、若?」


 親父をおだてる運転手が、突然俺に話を振った。

 奴の言う“言えない奴”とは、間違えなく俺の事。分かりやすい嫌みに返事をせず、外を眺めまま眉を潜める。


宗次郎(そうじろう)、疲れたなら寝とけ。夜は長い」


 俺にそう言うと、親父は静かに目を閉じた。


“人が死ぬ瞬間を目にしても寝ようと思えるこの人が心底恐い”


と、思いながら隣へ目を向けると、親父は腕を組んだまま寝ていた。

 俺は“親父”と呼んでいるが、彼はまだ若い。歳は聞いたことがないからわからないが、多分俺より一回りくらい上だろう。全体的な雰囲気が、そう感じさせる。

 親父は俺の命の恩人。二十歳過ぎてもガキ同然の俺を、『息子』という形で拾ってくれた。

 その瞬間から、夢も希望も無かった真っ暗な人生はガラリと変わり、明るい世界が広がった。

 だが、浮かれる俺を待ち構えていたのはそんな生温い世界ではない。進む先に存在するのは“地獄”という名のドロドロとした未来。


原田一輝(はらだかずき)は、人の皮を被った鬼』


 今更それに気付いても遅い。もう既に、逃げる道は閉ざされた。


 高速道路を降りた車は、見慣れた街の中を走る。

 パッと目を眩ますようなネオンの明かり。そして、着飾った女達から漂う甘い誘惑。

夜の街は、日付が変わっても眠ることを知らない。

 景色は徐々に閑静な住宅地の中へと変わり、車はとあるマンションの前で止まった。

 高そうな身なりをしたその建物は親父の住む家。それと同時に俺の(ねぐら)でもある。


「組長、着きましたよ」


 運転手が後部座席のドアを開けた瞬間を生暖かい風が車内に入ってくる。


「ああ」


 今は七月。冷房が効いた車内とは違って、外は蒸し風呂状態。けれど親父は、何の躊躇(ちゅうちょ)もせずに車を降りた。


「早くしろ」

「は、はい」


 先に降りた親父が俺を急かす。慌てて降りようと試みたが、何故かドアが開かない。

 それもその筈。開けられないよう、ドアに鍵が掛けられているからだ。


「鍵が掛かってるんじゃないですか?」


 白々しい運転手の一言。親父に見えないのをいい事に、奴はにやにやと笑っている。


「ああ」


 俺は冷めた目を男に向け、車から降りた。



 車が去っていった後。広い背中を追うように、俺は親父の後ろを歩く。

 ストライプの入った黒いスーツを着ている親父は、れっきとした大人。しかし、スエット姿の俺はどこからどう見ても子供だ。


「早く乗れ」


 ハッと我に返れば、先にエレベーターへ乗った親父がジッと此方を見ている。


「すいません」


 俺が乗った直後に閉まる扉。前に立つ親父は、何も言わずに最上階のボタンを押した。

 徐々に上へと昇って行くエレベーター。狭い空間の中には、妙な緊張感が張り巡らされている。


「…………」


 俺は扉の前に立つ親父の後ろで、ガラスの壁に映る自分を見ていた。



「お前は部屋で寝てろ」


 玄関で革靴を脱いでいると、廊下にいる親父が振り向かずに言った。


「はい」


 小さく返事をし、言われた通りに部屋へと向かう。

 到底眠る気にはなれなかったが、


“逆らえば、元親父の二の舞になるかも知れない”


と、思うと、俺は親父の命令を素直に聞き入れた。


 俺に与えられたのは六畳程の広さがある部屋。

そこにはベッドやテレビ、テーブル等の最低限生活に必要な物しか置かれていない為、シンプルで飾りっ気もない。

 けれど、無職だった俺には充分過ぎる待遇。

金、飯、仕事、地位、多くの物を与えてくれた親父には本気で感謝している。

 だが、その代償はあまりにも大きい。


「……マジかよ」


 山での事を思い出した瞬間、ゾクゾクとした冷気が背中を撫でる。

再び甦ってくる記憶。死んだはずの元親父が目の前に現れた。

 血濡れた男が、俺を求めさ迷い続ける。

蒼白い顔、剥き出しの肉、そして微かに漂う火薬の匂い。




“……そうじ……”


 ねっとりとした赤い唾液を垂らすそいつの口は、ガラガラの声で俺の名を呼ぶ。


「ひっ──来るな来るな来るな!!」


 俺は、逃げるようにベッドへ飛び込んだ。


“さっさと殺れ!!”


耳の中で親父が叫ぶ。


「はあはあはあはあ──」


 荒ぶる息、ガチガチと音を立てる歯。俺は大きな枕の下で、ひたすら時間が経つのを待った。

 けれど、ノロノロと過ぎていく時間。秒数を刻む針の動きが遅い。


「あいつを殺したのは親父。──俺じゃない」


 時間が経つにつれ、脳は俺を援護し始める。


──実際、止めを指したのは親父であって、俺は最初に一発撃ち込んだだけ。何発も撃ち込んだ親父に比べればマシだ。


と、頭の中で解釈して行く内に、怯えている自分が馬鹿らしくなってきた。


「ああ、ねみい……」


 安心した途端、急に押し寄せてくる睡魔。重みを増した瞼が、ゆっくりと下りて行く。

 午前四時過ぎ。夜が明けようとする中、ようやく俺は眠りに着いた。



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