エンエ小僧
延々(エンエ)小僧がおりました。歳くうことがないらしく、今も昔の小僧のまんま、とある村の、神社の裏山を住処にしております。日がな一日なにをしとるかといや、ようわからん遊びをしているというよりありません。地べたに這いずり葉っぱを集め、「おぬし、なかなかやるの」と愛でてみたり、雨の日に空を仰ぎ、「根比べじゃ」いうて、大口を開けて雨粒をなめてみたり。ほんまにわけがわからんやつなのです。
神さんや物の怪の類かといぶかるものもおりましたが、災いを招くこともないかわりに、福をもたらすこともないようで、そのうち飽きられ、見限られ、今では供えものを持ちよるもんも減りました。それどころか、ここんところは村のわっぱらに、阿呆じゃ、阿呆がおると、追いかけられとる始末。小僧は頭も良うないらしく、「わしは阿呆ではない。阿呆は風邪ひかん。わしはここんところ風邪気味じゃ」と咳き込む振りしながら裏山に逃げ込んでいきます。ようやく逃げ切り少しは落ち込むんかといえばそうでもないらしく、三歩も歩けばなにやら不敵な笑みを浮かべ、イッシイッシとまたわけのわからん遊びを始めるのです。
いったい何でこないなやつがおるんでしょうか。小僧に聞いてもわからん以上、誰に聞いてもわからんことかもしれません。とにもかくにも、小僧は小僧。小僧のままで、今日もどこぞで遊んでおります。
さて小僧、めずらしいことに、秋にひとつの憂いごとを抱えておりました。紅葉を集めて布団をこしらえ、その上に寝っころがって柔らかな風を頬に受けておりますと、どっからか、童の泣き声が聞こえてきたのです。
――シクシク、サアサア、シクシク、サアサア
枝葉に溜まった雨粒が滴り落ちるような、さめざめとした泣き声でありました。
ええいかまうか、ええい放っておけ、小僧はそう思って寝入ろうとするのですが、両手で耳をふさいでみても、葉っぱを丸めて耳の穴に詰めこんでみても、その泣き声は消えません。そのうち小僧の顔までもが曇ってきて、そんな気分になってしまうことが腹立だしく思えてきました。
三日耐えて四日耐えて、五日目に耐えられんようになって、とうとう小僧は声の主に近づいていきました。
見れば、童女がひとり、切り株に腰掛けて、泣いております。
小僧はいきり立って童女のもとに歩み寄ると、「おいおまえ! なんで泣く!」と叫びました。童女は覆った両手の隙間から瞳をちらりと向けるものの、すぐにうつむいてまた泣き始めます。小僧はしばしだまって突っ立ったっておったのですが、なにを思うたのか童女の隣に腰を下ろしました。
不機嫌そうな顔をしておると思えば、小僧の顔がだんだんと赤くなっていき、そのまるこいふたつの眼にじわりじわりと涙が浮かんできました。
――ゴロゴロ、ザアザア、ゴロゴロ、ザアザア
夕立のなかでかみなり様が大暴れするような小僧の泣き声でありました。親もなく、友もなく、名らしき名さえないまんまに生きてきた小僧です。悲しいといやいろんなことが悲しかったのでしょうが、泣いたからといって誰が助けてくれるわけでもありません。しかし一度泣いてしまえば、ずっと溜め込んでいた涙が溢れ、止まらんようになったのです。
これはただごとではないと思うたのか、童女は自分が泣くのも忘れ、小僧に声をかけます。
「あんた、あんた、どうして泣くの?」
「おまえのせいじゃ、おまえが悲しそうに泣くもんやから、わしも悲しゅうなってもた」
「うちが泣いたからて、あんたも泣くこともないやろに」
「知らん、知らん。おまえのせいじゃ。おまえのせいじゃ」
童女は、くずりつづける小僧の手に自らの手を添えます。
「わたしはもう泣いとらん。だからあんたも泣かんでいいんよ」
「ほんまか?」
「そうや。ほら、もう泣いとらん」
そういうて童女は涙のあとを拭い、薄紅色に染まった頬をゆるめて、ニッカと笑いました。すると小僧の心も途端に晴れて、溢れる涙も消えたのです。
さんざ泣いて、泣きやんだ二人が夕陽を見つめておりました。
「なあ、おまえはなにがそんなに悲しかったんじゃ?」
小僧がたずねると、童女は夕焼け空を見上げます。
「ようわからん。泣きたいから泣いとった。泣けばなくほど悲しいなって、それでまた泣いとった。でも、あんたがあんまり大声で泣くもんやから、うちの悲しいんは、あぶくみたいに弾けてもうた」
やがて童女が家路につくと、小僧はひとりになりました。
切り株に腰掛けたままに夜をむかえ、小僧はお月さまを見つめております。思わず伸ばした小僧の手が二度三度宙を掻くと、小僧はぶるりとかぶりを振って、「泣くとりゃせんわい」と夜の野山を駆け出すのでありました。
日が昇れば小僧、またもやどこぞで遊んでおります。昨日のことなどすっかり忘れ、イッシイッシと楽しんでいる様子。はてさてなんでこないなやつがおるんでしょうか。しかしそれが小僧、エンエ小僧なのでありました。
お読みいただけた方々に感謝を。
長い人生のなかの、一日。その一日のなかのほんの一瞬に、少しでもいろどりを添える物語を作っていきたいと思います。
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