静かな企み
「うわぁー。」
クレドはいつもながら圧倒されてしまった。
祭りの中心ともいえる広場にやって来ると多くの露店はもちろん、曲芸を披露している者や、店の呼び込みで声を張り上げている者など面白そうな物が目移りしてしまうくらいあった。
それだけではない、街灯や花壇、店の看板やベンチにまで祭りの装飾が施されていた。
中でも鳥の形をしたものが多く街全体を華やかにさせている。買出しのときにはゆっくり見る暇などなかったから何度か足を運んでいる場所なのにとても新鮮に感じられた。
華やいだ景色を楽しみながらクレドは祭りの醍醐味である露店に目を移した。
食べ物や工芸品、骨董品など多種多様な露店が広場につながる大通りにも広がっていてかなりの数だ。
一体いくつ露店がでているのか見当もつかない。
クレドはとりあえず手近なところから見て回る事にした。
「いらっしゃーい、そこのお嬢さん、今なら焼き立てが食べられるよ!」
「祭りの名物お菓子ルクレーム!今日から祭りの最終日まで2個オマケしとくよー!」
「エルダ骨董店、寄ってって損はないよ!思わぬ掘り出し物がきっと見つかるよ。」
様々なうたい文句が飛び交う中、一際甘く、香ばしい匂いにつられて一つの店の前で足を止めた。ちょうど焼きあがったらしくその菓子は店の小母さんによって次々と袋詰めにされていく。
これに決めようかと考えていたクレドに店の小母さんが声を掛けてきた。
「いらっしゃい、ぼっちゃん。これはこの国の昔ながらのお菓子でね。私らは森の包み焼きって呼んでいるのよ。ここいらの名産エクスの実やチフルの実を入れて焼いた、まあクッキーに似た物だね。祭りの菓子の中でも人気があるんだよ。」
「ふぅん。」
正直説明されてもこの国の名産なんて知らないクレドにとってはイマイチぴんとこなかったが美味しそうな事に変わりはない。
「じゃあ、それ一袋下さい。」
「はいよ。まだ熱いから気を付けてね。」
ありがとう、と言って代金を払い袋を受け取ると甘い良い香りが目の前いっぱいに広がり、早速パクついてみた。ほんとうに熱かった。だが、クレドが今まで食べたどの菓子とも違う味だ。
「おいしい。初めて食べたよ。」
「まあ、じゃあこの祭りに来たのも初めてかい?」
「いや、祭りの時期には毎年公演で来てるよ。ただこうやって祭りの露店を見て歩くのは初めてなんだ。」
クレドはさらに包み焼きをほおばった。
「へえ、ぼっちゃん旅芝居一座の人なの。」
「うん。本当は午後の公演も出るハズだったんだけど腕痛めちゃって。暇が出来たからここに来られたんだ。それにしても賑やかで面白いところだね。色々な国を回ってきたけどここは治安もいい方だし、平和そのものって感じだ。」
「確かに。治安はいい、他所からみたら平和なんだろうね。」
さっきまでにこやかだった小母さんの顔が曇った。
「じゃあなかクレメンティアの人から見たら違うって事?」
「いやね、いい国だとは思ってるよ。気候もいいし、食べ物も美味しいしね。ただこの国の王位継承問題がね。今はまだ表立っていないけど誰が王の座を継ぐかでいつ争いが起こっても不思議じゃない状況なんだよ。」
「どうして、普通王の子どもが次の王になるんだろ?」
「そんなに簡単にはいかないのさ。今の王には2人の妃がいたんだよ。男の子も2人いてね、だからどちらがお世継ぎになるか裏でもめてるのさ。」
「へぇ。」
いかにもオバサンが好きそうな類の話だ。
「かわいそうなのはキーラ様だよ。2年前に第一王妃だったユリアネ様が亡くなられたせいで立場が弱くなってしまってね。もう1人の、第二王妃だったエネル様が今や第一王妃で自分の子のノルベルト様に王位を継承させようと必死だって話だよ。だからキーラ様をあんな東の外れに追いやって、全く気の毒な話さ。」
東の外れ?
「それってもしかして、離塔にいる子?」
「ぼっちゃんも見たのかい?よく窓の外を眺めておられるからね。なんでも一日中窓の外を見ていらっしゃるときもあるとか。」
「その子、外に出られないの?」
「ああ。2年間この状態が続いてるんだよ。最近決定した処分だと一生あの塔から出してもらえないとか…。」
2年間。自分がそんな風に押し込められたらと思うとぞっとする。
だが、あの覇気のない、病的な雰囲気さえ感じる表情もこれで納得がいく。
「王様は何も言わないのか。そのキーラって子も実の子なんだろ?」
「それは、ユリアネ様は訳あって王自らの決定で処刑されて亡くなっているからね。」
泥沼だった、ってワケか。
「だからその子どものキーラも憎い、ってことか。でも、どうしてユリアネって人は処刑に?」
この問いに小母さんははっとして一瞬口をつぐんだ。
一体なんだというのだろう。
「あたしったら子ども相手につまらない話をしちゃったね。せっかくの祭りなんだから楽しんでおいで。」
そう言うと小母さんは再び森の包み焼きを袋に詰め始めた。どうやら、もう聞いても答えてくれそうにない。
しかしクレドの中に小さな決意が生まれていた。
それじゃ、と小母さんに一声かけるとクレドは店を離れ、人ごみの中を進み始めた。
新たに出来た目的を果たすために。