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海賊少年と囚われの王子  作者: 蒼川 恵
東門の塔
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街の祭り

「お願いだ団長!大丈夫だって、たいしたことないってば!」

 午前の部が終わり、団員たちが昼食をとり始めたころだった。クレドも他の団員と同じように昼食に手をつけようとしていたときそれはおきた。

 突然団長から今月の自分の出番は無いと告げられたのだ。もちろん納得のできないクレドは団長の後を追った。

「団長ってば、人の話聞いてる?」

 ずっとクレドの訴えに耳を貸さず忙しそうに歩き続けていた団長だったがようやく足を止める。

「お前も分からない奴だな。私は一度言ったことを変える気は無い。今月の午前の部と午後の部のお前の演目は中止。代わりの演目ももう決めてある。だから今日のお前の仕事は終わりだ。祭りに行ってきても構わない。雑用もしなくていいんだ。悪い話じゃないだろう?」

 そう言ってテントを出て行こうとする団長の道をふさぎクレドは必死に食い下がった。

「祭りなんて行かなくていい。雑用だってちゃんとやる。だからやらせて下さい。団長だって見たら分かるでしょ。そんなに騒ぐこと無いケガだって。」

 団長は答えない。

「それだけじゃない、やっと…やっとオレも心から楽しんで、手が痛くなるくらい力込めてるってこっちにも分かるほどの拍手をもらえるようになったんだ。だから、」

 やりたいんだ。と、心の中では大きく叫んでいた言葉は最後まで言い終わることはなかった。

「それなら、なおさら出せない。」

「どうして?」

「ケガがたいしたことないのは誰が見たって分かる。」

「それならなんで、」

「黙って聞け。やっと公演が心から楽しいと思えるようになったんだろ。だったら小さなケガでも甘くみるな。その小さなケガが大きなケガに繋がる場合だってある。現に今日だって終盤に高台から落ちかけてただろ?」

 言われてクレドは思わずうつむいた。

「バレてなかったとでも?まあ、お客さんや他の団員には気づかれてなかったかもしれないけどね。」

 団長にはすべてお見通しってワケか。

 分かってはいるのだ。

 団長が考えを曲げるわけがない。

「そっか…。わかりました。」

 諦めて戻ろうとするとクレドに団長が声をかけた。

「おい待て少年、私の話はまだ終わってないぞ。」

「えっ?」

「今月の残り6公演の内容は決定しているが、来月の分はまだだからね。演劇主体の物に切り替える。それならお前も出してやれるからね。」

 珍しく笑顔で団長はクレドに答えた。

「団長。ありがとうございます。」

「わかったらお子さまらしく外で遊んで来い。900ルダまでなら買い食いも許可する。とりあえず買い物用サイフから持っていってよし。他の団体の公演を見に行くってのもいいかもね。それでいいか?」

「はいっ。それじゃ、行ってきます。」

「はしゃぎ過ぎてまたケガするなよ。」

 団長の言葉を背にクレドはうれしそうに飛び出して行った。

「さすが団長、2児の母だけあってお子さまの扱いは天下一品ですね。しかもボーナスまで出して。」

 クレドを見送っていた団長に背後から野太い声が掛けられた。もう長いこと幻想旅団に所属するシズだ。

「なんだシズ、いたのか。まぁ、やっと自分の演目が認められて舞台に立つのが楽しくてしょうがない、そんな時に今日のケガだ。さすがにクレドも落ち込むだろうと思ってね。ベテランならたいしたこと無いケガで済むかもしれないけどアイツには危険な要素になりかねないからね。」

「お優しいことで。オレなんてあの程度じゃ心配すらされませんからね。」

「当たり前だ。いいガタイして何言ってるんだか。でも、たまにはいいだろ。クレドは普通の子どもらしい事もあまりしたことないし、いい経験になるでしょ多分。」

 暖かな眼差しで答える団長とは裏腹にシズは本題を切り出した。非常に重要な話題を。

「あ、それはそうと団長。ちょっと気になったんですけど、さっきのクレドへのボーナスってもちろん団長のポケットマネーからですよね?」

 一瞬、団長の動きが止まった。

「まさか、団員の食費からなんてこと考えていませんよね?」

 シズはさり気なく団長との距離を詰めた。

「そ、そうだな。私からの贈り物ってカタチだな。うん。」

「それを聞いて安心しました。またジャガイモだけの生活だったらどうしようかと思いましたよ。あ、そろそろ次の公演の小道具準備してきますね。」

 勝ち誇ったような笑みでシズが立ち去ると団長だけがぽつりと残された。

 そして団長は自分のサイフを取り出し残高を確認して決意した。

 少しお酒は控えよう、と。



 舞台に立てる!公演に出られるんだ!

 クレドはうれしさを抑えきれず一気に住宅街を走り抜けると、離塔前にさしかかると脇の芝生に転がった。一度も止まることなく走っていたので息は上がりっぱなしだ。時間はたっぷりあるのだから走る必要もなかったのだが少しでも早く市場までの距離を縮めたかった。

 公演に参加できるとはいっても来週まで自分の出番はないし、空中ブランコを使ったりする大掛かりなものはやらせてもらえないだろう。だが、それよりもお客さんの前で演技できることが嬉しかった。公演に出られないかもしれないという不安が消えた今クレドの心は晴れやかなものだった。今なら存分にクレメンティアの祭りを楽しめそうだ。

 まずどこへ行こう?

 食料品や生活雑貨など日用品が売られている市場の先の広場からクレメンティア城前の大通りまで祭りの露店が並んでいるのだ。今までは買出しのときに遠目から見ているしか出来なかったが今日はそこに行けるのだ。

 クレドは勢いよく立ち上がり広場を目指して歩き出そうとしてふと思い出した。

 離塔の前。

「そーいやここってアイツがいたトコロだよな。」

 ふと、この前見た少年のことを思い出し塔の最上階を見上げてみる。が、そこに見えたのは陽の光を反射して光っている窓ガラスだけだった。

 そこに人影は見当たらない。

「ま、そういつもいつもいないよな。」

 まだ息が上がっていたが気にせず祭りの露店へ急ごうとしたそんな矢先だった、塔最上階の窓が開いた。

「あ…。」

 クレドの視線の先、現れたのはこのあいだの少年だった。


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