東門の塔
「紅い染みの年」からさかのぼること12年、クレメンティア暦972年。まだ人々が平和に暮らしていた頃のこと。
クレメンティア城の会議の間は少々荒れていた。
「それはあんまりです。キーラ様はまだ14歳です。遊びたい盛りでもあります。あの塔に入ってからもう2年になるのですよ。」
会議の間でほとんどの者が議長の決定事項を聞き、当然だと言わんばかりの顔をしている中一人、今は亡きユリアネ王妃の子であるキーラの監視役、ヴィル・カーナだけは納得できないでいた。
「カーナ君の気持ちも分からんでもないがね。第2、いや今や第1王妃であられるエネル様には危険な存在としか見られていないのだよ。我が子の、ノルベルト様の王位の座を脅かす、ね。」
「ならば、せめて幽閉ではなくクレメンティアから遠く離れた地でかまわない、キーラ様にわずかでも―
自由を与えて欲しい。と、続けるより先にヴィルの訴えは遮られた。
「遠い地にキーラ様を移せと?とんでもない。我らの目の届かぬところで反乱を企てんとも限らん。と、まあ少なくとも王妃様はこうお考えになるでしょうな。」
「そんな…。だからと言って一人の人間の人生を潰すのか、あなた方は!」
ヴィルのこの言葉で場の空気は重さに変化が現れた。
「いいかねヴィル殿、君はキーラ様の監視役だろう?君の仕事はキーラ様の見張りで、口を挿む事ではないのだよ。むしろ我々に感謝していただきたいくらいだ。キーラ様を生かしておいてやっているのだから。」
ひとり、ふたり、次々とヴィルへ冷ややかな視線を注いでいく。
「全くだよ。お望みとあらばキーラ様を今日中にでも処刑しても構いませんが?事実エネル王妃もそれを望んでおられる。」
議長をはじめとするエネル王妃側の家臣たちは次々とヴィルの訴えを退けた。ヴィルが何も言い返せず沈黙したところで結論はくっきりと出ていた。
「元第1王妃の一子キーラ・クレメンティアは王位継承権を放棄し、生涯東門の塔で過ごすこと。決定事項は以上です。解散。」
決定を覆すことは出来なかった。
一人うな垂れるヴィルをよそに議長の解散の声で会議の間の椅子に腰を落ち着けていた者たちはぞくぞくと席を立ち、会議の間を後にしていった。
「カーナ君、いい加減諦めたまえ。そのうち君までエネル王妃に目の敵にされることになるぞ。」
肩をたたかれ後ろからそんな言葉もかけられたがヴィルは何も答えずしばらくその場を動くことはなかった。
会議が終了してからもうどれほど時間が過ぎただろう。
処分内容が記された書簡を手にヴィルは長いことキーラ・クレメンティアの部屋の前で立ち尽くしていた。
話したくない処分の内容。しかし、いつまでもこうして立っているわけにはいかない。
気が重い。
ヴィルの心の中にあるのはただそれだけだった。なんとか打開策をみつけなくてはいけない。何かないか?この決定を告げても希望につながるようなこと可能性は?それがみつかればキーラ様は少しでも救われるはずだ。そう思い考えを巡らせていると目の前のドアが開き、ヴィルははっと我に返った。
ドアを開けたのは栗色の髪に王族であることを示す紋章のデザインされた服をまとっている少々大人びた印象を受ける少年だ。それは他でもないキーラ・クレメンティアだった。
「いつまでそうして突っ立ってる気なのヴィル?処分の内容なら想像はついてるよ。一生ここで、閉鎖された空間で人生送れ、って言われたんでしょ。」
言いながらキーラは部屋へ入ると机の上に置いてある本を手にいつものように出窓に腰掛ける。
「申し訳ありません。私の力不足でこのような結果に終わってしまい。別の道も提案したのですが受け入れられず。」
「誤らなくていいんだ。ヴィルが悪いわけじゃない。」
ぱらぱらと本のページをめくりながらキーラは言った。
「キーラ様…。」
「それに、処刑されないだけマシだと思わなくちゃ。そうでしょ?」
暗い表情のヴィルと違い、そう言ってキーラは笑顔を見せた。
自分の運命を憎むしかないのだ。
こんなところに生まれてきてしまった自分の運命を。
人は生まれてくる場所、環境を選ぶことはできないのだから。
笑顔を見せた。心には別の想いを抱きながら。




