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海賊少年と囚われの王子  作者: 蒼川 恵
東門の塔
13/15

緊迫

「キーラ様、キーラ様?」

 どう考えてもおかしい。

 ヴィルはもう三度もノックをしているがまるで返事が返ってこないのだ。これが朝ならいつものことなのだろうが時計はすでに正午をさしている。

 仕方なく返事を聞かぬままドアを開けるとキーラはベッドですやすやと眠っていた。朝食のパンやサラダもそのままになっている。

「キーラ様、まだ寝ていらしたんですか。」

「ん。ああ、ヴィルおはよう。」

「もう昼になりますよ。ワズリーだって朝食を持ってきたでしょう。」

「んと、おぼえてない。」

 キーラの目はまだほとんど開いていない。

 どうやら相当夜更かしをしていたらしい。

「昨日の夜いったい何をしていたんです?」

「とっても、たのしかった。」

 寝ぼけながらそう言うとキーラは毛布を掴むとまた眠りに落ちていた。

 これではまだしばらく起きないだろう。

 話し相手になる、という自分の一番の仕事が出来ないためヴィルは静かに部屋の掃除を始めた。

 床に落ちているゴミを拾い、本棚をざっと整理した。

 そして机の上、ワズリーが片付け忘れたのだろうか、食べかけのパイののった皿が残されていた。皿の前に本が山積みになっていたから無理もないかもしれない。

 ということはやはり夜遅くまで本を読んでいたのだろう。そう思いながらも何か違和感が残っていた。それが一体何なのか気付くまで少々時間がかかったがヴィルはその正体を突き止めた。

 一切れ残っていた食べかけのパイ。

 その切り口はフォークで食べたというより歯で食べたように見える。

 キーラ様は手づかみで食べたりしないはずだ。

 その横にナイフとフォークも置かれているのだが、何故フォークは2本あるのだろう?切り分けるときナイフとともに使ったのだろうか?それにしても片方のフォークは使った跡がみられない。

 考えすぎなのだろうか。

 ヴィルはキーラの寝顔をみつめながら少しのあいだ考えていたが、彼の疑問が消えることは無かった。

 今はまだ。

◆◆◆

 寝過ごした、完全に。 

 今日は小道具の準備だけでも手伝おうと思っていたのにもうすぐ午前の部が始まる時間だ。

 急いで公演テント脇の準備場所に走ってきたのだが準備はすっかり済んでしまい公演開始を待つ、衣装を着た団員が集まっていた。

 そんな団員の一人がクレドをみつけた。

「どうした、今日はまだ出ないんだろ?」

「準備だけは手伝おうと思ったんだけど。」

「滅多にない休暇だろ、気にしないで楽しめよ。あ、もしくは寝とけよ。夜遊びに行くんだろ?」

「見てたのか?」

 あんなに周りには注意して抜け出したのに。

「オマエ、バレバレなんだよ。団長もきっと知ってて何も言わないんだから怒ってはいないだろ。」

 自分はそんなに分かりやすい行動をしてるんだろうか?

「おおかた友達でも出来たんだろ?行ってこいよ。また忙しくなるんだからさ。」

 言って彼はクレドの背中をばしばし叩いた。

 正直痛かったがなんとか堪える。

「ありがとう。じゃ行ってくるよ。」

「おう、気をつけてな。」



 団員にみつかるならいいが、ここではそうはいかない。クレドはいつもより慎重に辺りを見回すと一気に壁を越え茂みに身を隠した。

昼間に忍び込むのはこれが初めてだ。闇は味方してくれない。人気がないのを確認すると静かに、素早く木に登った。窓までくると身を隠しながら木の葉をガラスにあてた。これを合図にすると決めたのだ。そして、窓が開いた。

「今日は早いんだね。驚いたよ。」

 キーラは外の様子を見ながらクレドの手を取ると部屋に入れた。

もうすっかり慣れた動作だ。

「もうすぐオレも公演が始まってしばらく来られなくなるからさ。台本持ってきたんだけど見るか?」

「うん。いい時に来たよ。今日城で大きな会議があるらしくて塔には門番くらいしかいないんだ。それに門番は塔の中には来ない。」

「じゃ、安心だな。」

 まだ、出会って間もないはずなのにずっと前からの友達のように感じる。最近お互いに感じていることだ。もちろん口に出すことは無かったが、この先もこうしていられたらどんなにいいだろう。幻想旅団の次の目的地が決まればすぐに別れは訪れてしまう。

 二人ともこんな時間を過ごせるのあと僅かだと感じていたし、実際その時は刻一刻と迫っていた。そして今日も別れの時がやってきてしまった。

 楽しい時間はどうしてあっという間にすぎっていってしまうのだろう。

 そう感じながらキーラが時が来たことを告げた。

「そろそろ会議が終わる時間だ。皆が戻って来る前にここを出たほうがいい。」

「もうそんな時間なのか…。今度いつ会えるんだろうな。分からないけどまた来るから。」

「僕だって待ってるよ。」

「あれ、そういやオレの台本は?」

「あれ…?」 

 さっきまでキーラが読んでいたのだが。

「おい、まだ台詞覚えきってないんだぞ。」

 はっと、キーラは自分の本棚を指差した。

「ごめん、間違って僕の本と一緒に入れちゃってたみたいだ。」

「私物化かよ。どこに入れたんだ?」

「ごめん、ほら右上の辞典のとなり。」

 キーラはヴィル達にクレドがいたことを感じさせないよういつものように部屋を片付け始めた。今日は菓子を広げていなかったからすぐに終えることが出来た。

最後に出窓を開けクレドの帰り道も準備完了したときだった。

「キーラ様、これはどういう事ですか?」

 その声に驚いて振り返るとそこには会議に参加していたはずのヴィルの姿があった。

 そのヴィルにクレドは首筋にナイフを突きつけられた上、腕を捻り上げられ苦痛の表情を浮かべている。

「ヴィルその子を放して。」

「どういう事かとお聞きしているんです。事と次第によっては私も非情になる他ありません。」

 普段の優しいヴィルとは違う厳しい表情に恐怖を覚えながらやった声を絞り出す。

「僕の大切な友達なんだ…だから放して。」

 訴えるその目には今にも零れ落ちそうな涙が浮かんできている。

「そういう事でしたか。」

 これであの不自然だった部屋の謎が解けた。

まさかとは思ったがこの子がここへ来ていたのだ。

 ヴィルはナイフを納め、掴んでいた腕を放してやる。クレドが自由の身になったのも束の間、ヴィルは即座に少年の首筋に手刀を振り下ろした。自分に何が起きたのか分からぬまま少年の体は力を失い崩れ落ちた。

 その様子にキーラは動揺を抑えきれず転びそうになりながらクレドの元に駆け寄った。

揺すっても、名前を呼んでみても、それらを繰り返してもクレドの瞳はかたく閉じられ反応がない。キーラの不安は頂点に達しようとしていた。

「しばらくは気づかないでしょうが殺めたわけではありません。」

 やっと顔を上げたキーラの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「キーラ様いいですか、この事がエネル王妃に知れれば貴方が外と連絡を取り反乱を企ているとみなされるかもしれないのです。」

「でも、僕はそんな事してない。」

「真実はどうあれエネル王妃はこじつけてでも貴方を処刑する理由にしますよ。そうなれば、友人の彼も無事では済まなくなる。」

 静かに、だが重いヴィルの言葉にキーラはうつむき黙り込んでしまった。

 ヴィルはキーラの返答を待った。

 少ししてキーラは未だ目を覚まさない友の髪を撫で耳元で短く、何かを囁いた。

 何を言ったのかヴィルには聞こえなかったが、それを終えるとキーラは言った。

「ヴィル、クレドが起きたら言っておいて。ありがとう、って。」

 顔を上げ、まっすぐヴィルをみつめるキーラの表情には決意が込められているようだった。

彼を送り届けてきます―――そう告げるとヴィルはクレドを抱えて出て行った。






祭りの最終日から五日が経った。

市場は相変わらず賑わいを見せていたが、街中にあった飾り付けや露店は姿を消し、さっぱりとしてしまった。広場にいた大道芸人や呼び込みの姿も見られない。

 徐々にではあるが街からサーカスや演劇集団は次の公演場所へ向けて出発をはじめている。だが幻想旅団はもう少しここにとどまるらしい。市場周辺の広場に空きが出たため今は念願の公演場所にテントが張られている。祭りが終わったとはいえ街の中心地のため客足も増え、買出しにも便利だと団員はみんな喜んでいる。

 痛めた腕もほぼ完治して演劇公演をしながら次の公演の練習も始まっている。

 あれから離塔には近づいていない。

 今はもう買出しで通りかかることもない。

 塔での最後となってしまったあの日、キーラの監視役だという男にご丁寧に幻想旅団のテントまで送られた。自分はキーラにまともな別れの言葉すら言えなかった。

 ただ、その男から自分に宛てられたキーラの言葉を聞かされた。

たった一言、ありがとう、と。

 それだけ?と正直拍子抜けしてしまったが、急な別れとなってしまったし、状況も状況だったから仕方がなかったかもしれない。

 監視役の男にキーラへの伝言はないかと聞かれたが何も出てこなかった。これじゃキーラの一言よりひどいかもしれない。

 違う、出てこなかったんじゃない。言いたいことは山ほどあった。でも、言いたくなかった。この男にそれらを託してしまったら本当に二度と会えなくなってしまう気がした。お互い生きていればきっと可能性はある、そう思っていたかったから。

「おい、聞こえてるのかクレド?」

 突然、上から少々乱暴な声が降ってきた。

 幻想旅団の中でもベテランのシズだ。練習を終えたらしく首に愛用のタオルを掛けている。

「ごめん、全然聞こえてなかった。」

 シズが大きくため息をついた。

「練習、次はお前たちの組の番だぞ。それで、お前団長に頼まれた小道具の整理は…終わってないみたいだな。」

「でも、もうすぐ終わるから。練習時間には間に合わせるよ。」

 シズはタオルを掴み額の汗を拭うとクレドから小道具の入った木箱を取り上げた。

「後は俺がやっとくよ。お前はとっとと練習に行け。」

 クレドが口を開きかけたがそれを待たずシズが話し始める。

「最近どうした?公演中台詞忘れかけてたり練習だったとはいえ得意の綱登りは失敗するし。ケガで休む前のお前とは大違いだぞ。」

 どれも弁解のしようがない。

「せっかくお前の演目株も上がってきたってのに、このままだと雑用に逆戻りだぞ。」

「わかってる。」

 得意だったはずの技もことごとく失敗する、覚えたはずの台詞が頭から消えていて即興で難を逃れたり、驚くくらい不調だった。

 でも自分でもどうしようもないのだ。

 二日後、シズの忠告どおりクレドは雑用係に逆戻りしてしまった。もちろん公演には出られない。

 だがこれでいい気がした。今舞台に立っても集中できないことはわかっていた。団長もそれに気づいただろう。

 クレドは以前と同じように買い物メモを見ながら次の店へと歩き出した。

 夕方、夕飯前の時間なので市場での買い物客は主婦が多い。

 慣れたものでクレドはどこの店で何が安いか主婦並みに覚えてしまっていたから他の団員が買出しに行くより節約できた。 

 そうして歩いているともはや懐かしいとさえ感じる名前を市場の人込みから聞くことになった。

「キーラ様、そろそろ危ないんじゃない?」

「一昨日殺されたのエネル王妃の側近だった人でしょ?」

 中年の、いわゆる小母さん3人組が肉屋の前で世間話に華を咲かせている。くだらない話をしているだけだ、以前ならその程度にしか思わなかっただろう。

 しかし今回はそうもいかなかった。

 キーラの付近で何か起きたのは間違いない。

「私の知人にエネル王妃派の騎士団長を知ってる人がいるんだけどもうキーラ様の処刑は決定みたいなこと言ってたらしいのよ。」

 クレドは凍りついた。

「それ、本当なの?」

 小母さん二人も驚いた様子で彼女を見た。

「ええ。エネル王妃は側近がキーラ様の命令で暗殺されたってすごい剣幕で言ってるんですって。」

「そんなわけないじゃない。」

「まだ子どもなのに処刑なんてねえ。」

 もう一人はさらに続けた。

「処刑は新月の日の夜にやるって決まってるじゃない?だから早くて今晩なのよね。」

 市場の大通りの肉屋前。

 そこにクレドの姿はもう無かった。


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