新しい日常
「ごめんな、来るの遅くなって。」
夜、といってももう深夜に近い時間。
クレドは申し訳なさそうにしながら定位置かした枝に腰掛けていた。
「ううん、来てくれて嬉しいよ。あ、でもそろそろ明かり消さないと。こんなとこ誰かにみつかったら大変だしね。」
「夜中だし、静かにしなくちゃな。」
キーラは部屋の明かりを消すと手持ちのランプを付けて出窓に戻った。
「ずっと木の上にいるのって疲れるだろ?中入りなよ。」
ランプを置いてクレドに手を差し出した。
「いいのか?」
「落っこちないように気をつけて。」
クレドは出窓に足を伸ばしキーラの手をかりると、するりと部屋の中に入った。
木と窓の距離は大したことないとはいえ、細心の注意を払わなければと思っていたがクレドにそんな心配をする必要はなかったようだ。
「へえーこんな部屋だったんだな。」
中に入るとクレドは薄暗い部屋をざっと見回してみる。キーラが一日のほとんどをこの部屋で過ごしているのかと思うと本当に気の毒だ。
「意外に殺風景だろ。ほら、突っ立ってないで座りなよ。今日パイ焼いてみたんだ。」
「マジ?オレも今日は露店で菓子買ってきたんだ。」
「じゃあ、それも一緒に食べようか。」
キーラは用意していたパイを切り分け、クレドは持ってきたお菓子を広げるとすぐにテーブルの上は賑やかになった。
「いただきます。」
二人して小声で呟くと早速お互いのお菓子を食べた。クレドは幻想旅団での出来事や外の様子、キーラは城でのことや自分の置かれた状況などを話した。お互い初めて聞くことばかりだった。
「いいな、クレドは幻想旅団で楽しくやってるんだね。」
「今はな。でも団長に拾ってもらう前は酷かったんだ。オレ戦災孤児だからさ、食うのに困って野良犬みたいにゴミをあさったり盗んだりもしたな。」
キーラは言葉を失った。自分には縁の無い遠い世界のことだと思っていた、そんな中にクレドはいたのだ。
「おいおい、暗くなることないぜ。昔の話で今のオレじゃない。そりゃ、家族亡くすわ、盗みがバレて店の主人に殴られたあげく右目持ってかれるわ、人生最悪でもう死んでもいいや、って思ったこともあったけどさ。でも今は団長や団員のみんながいるしな。あ、でもやっぱり盗みを働いてたことを軽蔑するか?」
そこが少し心配だった。
意識して軽く、さらりと話してみたが浮浪者のような生活をしていたことを、しかも犯罪に手を染めたこと知ってキーラが自分を嫌いにならないか。
それでも話しておきたかった。友達に隠し事をしたくなかった。
「軽蔑なんてしない。僕はクレドが大変な想いをしている時も、今だってのうのうと生活してるんだ。」
心配していた返事は返ってこなくて安心したが、クレドにはひとつひっかかった事があった。
「のうのうと生活してる、そうか?何があったか知らないけどお前は二年もここにいるんだろ?食うのには困ってなさそうだけどな。」
これウマイな、もうひとつもらうぜ―――と、切り分けられたパイを手づかみにしながら言った。
「だいぶ前から母さんと父さんはうまくいってなかったみたいなんだ。父さんはたまに無謀な政策や法律を作っちゃう人だから当然かもしれないけど。」
どんな無謀な内容だったのか興味はあったがクレドは聞かなかった。きっと自分が聞いても理解できないだろうから。
「だから母さんは耐え切れなくなったんだと思う。僕を連れてこっそりこの国を出ようとしてたみたいなんだ。」
「亡命か。でも、それがバレた?」
「そう。父さんは逆上して母さんの処刑を決めた。そして当時第二王妃だったエネルが第一王妃になって邪魔な僕をここへ追いやったってわけ。」
なるほど、あの包み焼きの小母さんが言いづらそうにしてたわけだ。
「ここを出られたらいいのにな。そうだよ、逃げちまえばいいんだよ、こんなところからさ。オレも手伝うからさ。」
随分と大胆な提案だ。
我ながらそう思ったが本気の言葉だ。キーラがこのままで良いわけがない。
「無理だよそんなの。たとえうまく塔から出られたとしても僕がいなくなったら迷惑をかけてしまう人がいる。」
エネルがワズリーやヴィルにどんな仕打ちをするかわからない。やはりこのまま今の生活を続けていくしかないのだ。
「そうか…そうだよな。そんな簡単にはいかないよな。」
どうにかキーラを自由にする方法はないのだろうか。もし、そんな方法があるならどんな事でもするのに。
「でも、久しぶりに言いたいこと言ってすっきりしたよ。全部吐き出した感じだ。」
「そいつは良かった。でもオレはお前の掃き溜めか?」
「次は僕がクレドの掃き溜めになるさ。」
こうして二人して笑って、語った楽しい時間はすぐに流れ、時は夜から夜明けに向かってしまっていた。そのことに気づくと二人して慌ててテーブルの上を片付けた。
そして、クレドは昨日と同じように壁を乗り越える。それを見届けるとキーラはそのままベッドに転がった。
二人してすごく眠かった。




