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狼の水  作者: もぃもぃ
7/20

昔日





 神々はもう二度と、うつくしい水の精霊を、赤いひとみのオオカミがみつけぬように、花を枯らせていったのです。

  


  ながい永い、いくつもの夜がすぎ、いくつもの霜がおり、やがてあたらしい花は生まれ、いつしか滅びました。

  それすらもう、いにしえのこと。

  そして、いにしえの花の色をもつ民は生まれました。

  草創の民は、この物語をつたえました。

  水をもたらす民。天のもとの、無辜むこの臣民。


  わたしたちは、その末裔――――








 エンツィア、いとしいエンツィア……、そのひとは、そう呼んだ。



 おとうさま、きょうも穂を刈るの?


 そうだよ、とそのひとは答えた。


 どうして?


 冬をむかえるために。



 きょうは、穂をひろうの? どうして?


 冬を越すために。




 おとうさま、ここに種をうえるの? どうして?


 おまえが生きるために。


 生きるために? どうして?

 

 そうだね、いつか、別れなくてはならなくなるから。会えなくなるのだよ。どうして? それは等しくやってくるのだよ。でもね、こうしておぼえておけば、だいじょうだから。

 おまえは、夢幻のものだから。神ですら、その存在を掴むことはできないから。





 エンツィア、あの子は、夢幻だから。そう聞こえた。

 あの子だけは逃がすんだ。我々が滅びても。なにかの足音がきこえた。


 さけぶ声、おおきな音、バラバラになった花、あちこちにとんだガラス。

 そして、赤い火――――。

 暗い道を、走った。だれかに手をひかれながら。




“オオカミがきたの?” くるしくて、さむくて、足がうごかなかった。



“ちがうよ。でも、みつかってはいけない。けっして、みつかってはいけないんだよ”



“どうして? 悪いことをしたの?”



“悪いのは、わたしたちではないよ。……かわいそうに。でも、忘れてしまおうね。おとうさまのことも、おかあさまのことも、ぜんぶ忘れるんだよ”



“忘れる? どうして?”



“いいかい。ぜんぶ忘れても、これだけは絶対にやぶってはいけないよ。みつかってはいけない。だれにも、なににも。けっして”




 みつかってはいけない。

 だれからも、なにからも、けっして。





 

 ――――暗い淵の花に、水が一滴おちた音がした。








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