十三
その惨害は甚大であったという。旧王都が焼失したことは、のちの、ずっとあとにその地へ創建された国の史書にも記されたということだ。ただ、その国が滅び草蒸す大地となったあとも、旧王都から離れた森にある湖は粛々と清水で満ち、その畔にある二輪の花は滅びをしらなかったという。おそらく久遠に。赤色と水色の花。
ひとびとが呼ぶのだろう、その花の名は。満月の夜、満々とした炎に嘗めつくされた旧王国の滅びをみていたであろうか。それを知るものはもういない。この世のなかには、もう。
※
――――殺したいとも。と、青年はいった。窓を示して、いっそやさしく、ご覧よと嫣然とした。
おれはべつに、覇者になりたいわけじゃないよ。ただ教えてやりたいだけだ。業はみずからに還ると。
ひとを愛しても、愛しかえされないかもしれない。それでもひとを殺したら、きっといずれどこかで命を絶たれるのさ、その殺した奴はね。
青年と少女は遥かとおくの空が赤く煌めいているのを観望していた。そう観望していた。少女はその景色に愕然とした。
こんなにも、この屋敷の森は拓けていただろうか? こんなにも、都の空とわかるほど、それを臨めただろうか?
「アスター! アスター、あれはっ…………!?」
青年は白い歯をこぼした。
「安心おしよ、エンツィア。あの火がこちらへ迫るのは、まだ明日になるだろうから」
「アスター、アスター! あれを、あなたがしたの!? この森を、こんなに拓いたのも……!?」
腹の痛みも忘れて、少女は窓に張りついた。
「こうすれば、王都の空がよく見えるからね。…………業は、理不尽なものだね。愛は返らずとも、死は必ず自分に返ってくる」
エンツィアは肩を顫わせた。
「…………っ、アスター。わたしだけではいけなかったの? わたしだけを殺すのではいけなかったの?」
握りしめた拳を少女は窓に押しつけていた。
「いまさら義侠心にでも目覚めたのかい? きみには関係ないのに?」
青年は、赤色の空を映した窓に張りついたままの少女の肩を抱いた。少女は俯いた。
「…………わたしが生きていたことが罪だった?」
「…………なんだって?」
「わたしが、あのとき、あの村でみんなと一緒に殺されていれば、わたしが逃げていなければ、アスターはこんな恐ろしいことを考えずにすんだ?」
「つまり、きっかけはきみだったと?」
自分の発言の意味するおそろしさにいまさら気づいたように、少女は息を呑んだ。
「……やさしいことだ、エンツィア。そして思い上がりが過ぎるよ」
凄まじい音を立てて、少女の背は窓枠にぶつけられた。青年は少女の身体を反転させ、その首に手をかけた。
少女は痛みと驚きで、声が掠れた。
「ア、スター…………」
喉の奥が細くなっていくような感覚に戦慄する。
「たしかにきみは逃げおおせたさ。だけどおれは、たとえきみでなかろうと目的を遂げていたよ。きみに価値があるとでも? 言っただろう、我々はくだらない伝承に縋って生きていた愚かな民だったと」
冷え冷えとした水の瞳は、だがその言葉とは裏腹になんの感慨もなさそうに少女を映した。その合致しない道理に、少女は本能的に怯えた。
「たまたまきみだっただけだよ。助かったのも、エンツィアという名前だったのも、おれがきみを憎んだのも。けれどその偶然が、ひとの業なんだろうよ」
青年は少女の首にかけた手へ力を込めかけたが、ふと表情を和らげた。
「だからエンツィア、きみはあの炎を見るべきだよ。我々の村を焼いた火が時を越えて王都を呑むことを、この屋敷の先の森からの火の手が迫ることも。この国が永久に失われることになる炎を、その目に収めるんだ」
そうやさしげに囁く青年を、エンツィアは渾身の力で突き飛ばした。