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狼の水  作者: もぃもぃ
11/20







 わたしたちは、世界から忘れられたもおなじなの。語り継がれた名を、だれも憶えてはいない。水の民も、古き神々でさえも。いにしえの花の名は、ここでついえる。この、――――――で。――――――――









 少女は見慣れぬ屋敷で目を覚まし、いくばくかの時は穏やかに過ぎた。それというのも、同郷の青年の介抱によるものであった。一時は錯乱し、夜中に何度も屋敷を飛び出す騒ぎを起こしたが、青年の手厚い看護により次第に落ち着きを取り戻していった。屋敷の中にほとんど人はなく、青年もたびたび屋敷を留守にした。少女は当初の警戒心も置き去りにしたかとみえ、青年の一挙一動に、風になびく稲穂のごとく己の感情をもまた左右させた。

 青年の名をアスターといった。少女とおなじ、天のもとの無辜むこの臣民と語り継がれた水色の眸をもつ者であった。ある晩、屋敷にある池に少女が飛び込みを図ったことがあった。溺れた少女を青年は憂色に満ちたかんばせで救い出した。こんなことをしてはいけない、と青年は少女に労りを尽くすようであった。



 陽が落ちると、二人は暖炉のまえでこれまでの己がいきさつを語り合った。青年は土地を渡り歩いたと言った。生活のためには何を惜しむこともなかったと。暖炉の爆ぜた火が、青年の目を赤く染めたことに少女は気づかなかった。

 仲間をみつけたのだ、と青年は発した。悪いもの(・ ・ ・ ・)を清算するために力を手に入れたのだと言った。あの惨禍さんかについて、二人はほとんど触れなかった。しかし青年は、もうなにも憂えることはないとそっと少女に囁いた。少女は青年の囁きに呼応して頷いた。されど、己の身を処することを忘れたわけではなかった。少女は尋ねた。青年が知るわけはないと無駄な希望をいだきながら。

 青年の答えは否であった。少女は肩を落とした。父がのこしたあの絵だけはどうしても取り戻したかった。少女の家が荒らされていたことに心当たりはないかとも尋ねた。青年の目が剣呑に細められた。

 復讐したいかと青年は問うた。青年と少女の水色の眸が行き合い、暖炉の焔は盛った。

 復讐? と少女は反芻した。青年はうっすらと笑った。自分は復讐すると、心底可笑しそうに青年は笑った。とくと見るがいい、と少女へ告げた。

 次の満月を待つがいい、と青年は少女へ告げた。



 少女の眸は焔を映していた。あの晩(・ ・ ・)の、あの邂逅を想起していた。血がおのずと燃えるならば、あの月のような色であった。眼前に盛る火のようであった。少女は火へ手を伸ばした。青年がその手をやわらかく遮り、少女の手を包んだ。





「満月は――――――……、」






 もう間もなくだとの青年の言葉を、赤い焔は舐めたようであった。










 

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