目隠し〈後編〉
『本来闇は歩けはしない。
しかし、人間はそこにありもしない道を創り、歩く。
つまり』
白い布はここでいったん言葉を切る。
『2人の自分が創られているということだ』
「!!」
一瞬、息が苦しく感じた。
本当のことを、一番俺が嫌だと思っていることを改めて思い知らされたような気がした。
息苦しい。
めまいがする。
『苦しいか、人間。
己の姿を改めて知らされて苦しいか』
白い布は俺に問う。
俺はこくり、と頷くことしかできなかった。
ちら、と『俺』を見やる。
『俺』はさっきとなんら変わりなく闇をみっともない格好で歩いていた。
余計に気分が悪くなってくる。
そんな俺を知ってか知らずか、白い布は言った。
『人間は気付かぬのだよ。
自分の歩いている所に道がないということを。
信じているのだ。
自分の足下、周りに闇が見えるのは』
――“目隠し”のせいだと。
「…目…隠し?」
かすれたような声しか出なかったが、白い布はそれを聞き取ってくれたようだ。
俺の言葉に、そいつは答えた。
『そう、“目隠し”。
人間は自分が目隠しをされていると信じているのだ。
だから自分が歩いているところを気付かぬ。
道から逸れているのに気付かぬ。
目の前に広がる闇は“目隠し”のせい。
足下が闇なのも、また“目隠し”のせい
何処を見ても闇なのは“目隠し”のせい、と』
「……」
返す言葉がなかった。
むしろ、反論をしたくなかった。
正論である。
そいつが言っていることは確かなる教え。
俺に一番必要な、神の教えである。
『正しき己の道に戻れ』
優しく、しかしどこか厳しさを持った声でそいつは俺に言った。
俺は白い布を見据える。
『分かっただろう?
道から逸れていることを。
ならば戻れ。
自分が歩いているところが己の道でないと分かったなら、戻ることは出来る』
「戻ることが…出来る…」
『そうだ、戻れる。
そして前を見ろ。
そこにあるのは確かなる希望』
――確かなる光。
「お前は…神?」
『神ではない』
白い布は言って、自分の布をばさぁっ、と取り除いた。
「……っ!?」
現れたのは…俺。
この場にいるのは3人の俺…。
3人目の俺は苦笑したように俺に言った。
『未だ暗闇を歩いているのはお前の建前の、弱い自分。
おまえの前に立つ私は正当に生きようと思う心の、自分。
そして、お前は私たち2人が混ざって出来た、自分だ』
「俺は…俺は、そんな…っ…」
3人目の俺は、哀しそうにふっと笑った。
『前をみろ。
“目隠し”なんてされていないのだから、闇はない。
怖がることは何もない。
前にあるのは』
――確かなる光。
*
朝の光が眩しい。
やわらかな朝の日差しが俺を夢から現実へと引き戻す。
「……朝…」
顔を上げると、そこにあるのは教科書の置かれた本棚。
どうやら、予習をしている途中で寝てしまったようだ。
俺は寝ぼけた頭のまま椅子から立ち上がり、ゴミ箱を見る。
昨日丸めて投げ入れた紙がそこにあった。
俺はそれを取り出し、きちんと広げる。
「……あれ?」
しかしその紙には昨日見たあの言葉たちはなく。
ただの、文字の書かれていない完全なる白い紙切れが、俺の手にあるだけだった。
暗闇を歩いていたのは建前の、弱い自分。
俺の前に立っていたあいつは正当に生きようと思う心の、自分。
そして、俺はあいつら2人が混ざって出来た、自分。
「3人の…俺、か」
俺はぽつりと呟いて、その紙を再度丸め、ゴミ箱に捨てる。
「…ふぅ」
俺は方の荷が下りたような気持ちで、学校へ行く準備を始めた。
ちゃんと、自分の道を、歩いていこう。
そう決めて。
いつも足元を見ている人よ。
そこに見えるのは暗闇だろう?
そしてそれを“目隠し”のせいだと
信じているのだろう?
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終わりました。
私が何を言いたかったのか、
理解していただければ光栄です。
長々とお付き合いいただき、
ありがとうございました。
そして、駄文、お目汚し、
失礼いたしました。