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氷の王妃  作者: 素子
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歓談

 うららかな昼下がりにいささか風変わりなお茶会風景。いつもなら壁際に控えているはずの侍女が椅子に座り、一国の宰相と差し向かいでいる。

 国王は息子と視察、王妃は娘のお昼寝につきあっているので、この二人も必然的に側から解放されているわけだ。


「……それにしても」


 穏やかに言い出すのは宰相だ。表立って才気ばしったところは見せないが、巧みな調整能力と敵を作らない人格は宰相の地位にあって職務を円滑にしている。執務室も落ち着いた雰囲気が漂い、どれほど仕事がたてこんでいても殺気立つことが少ない。


「方々の仲が睦まじくて安心しております。あの時はどうなることかと」


 わざわざ時間があるならと呼ばれた侍女の方は、お茶を飲みながら宰相の言う『あの時』を思い出す。

 自分も主に従って修道女になる覚悟も固めたと懐かしく思う。

 結局は、事態が変わり主は王妃としてとどまって御子にも恵まれた。

 とても幸福だとは思う。ただ。


「ええ、汚名をきせられたまま石もて追われることがなかったのが、なによりでした」


 侍女の口から出た辛辣な言葉も、宰相は黙って受け止める。

 この侍女のまとめておいた証拠がなかったら、王族殺しは闇の中であり国王は新たな王妃を迎えていたのだから。

 側妃自身は悪い人柄ではなかったにせよ、父親が問題であった。縁戚に迎えてしまったなら、その後国内がどうなっていたかと思うと危うい状況だった。

 内情を熟知している侍女なので、これくらいの皮肉は当然か。


「仮にも一国の王女であった王妃様にお辛い思いをさせたことは、けして忘れはいたしませぬ」

「王妃様も、頑なで冷ややかであったために起きたことと反省されておりますので」


 ともかくもあの事件で王妃が動いたことが、今日の結果に繋がったとすれば必要な試練というべきか。

 侍女はそうは思えなかった。一つの命が消えた事実は消せない。微笑む王妃がふと、何かを探すようなそぶりになることがあるのを侍女は見逃さない。屈託のない御子の向こうに、いるはずのない何かを見つめるような……。


 命令を下した人間には裁きが下り、実行した人間にも大なり小なりの罰はあった。

 国王と王妃の仲は深まり、子供にも恵まれている。

 だからこそ、『過ぎたこと』で済ませられる。



 あとは最近の話になる。時折催されるこのお茶会は情報交換の場でもある。表向きの事情に詳しい宰相と、奥向きに通じた侍女のそれぞれ弱い部分を補いあう。この時ばかりは手持ちの札を惜しみなく広げあう。

 そして災厄の火種を消していく。


 王妃が開発の端緒となった北の辺境は、鉱石の掘削と加工所が本格的に稼動し、生国へと返還された元の持参領地とともに順調に発展している。王都から職人も移り住んで人口も増えていると聞く。

 長く雪に閉ざされる土地柄、その間の収入源の確保が難しくもあったが職人がじっくりと作品を仕上げたり、また王妃の口利きで刺繍や裁縫を組織だって行うことで質も上がって評判もよんでいるらしい。

 王妃の生国である北の国は、国王が実質引退し王妃の兄が取り仕切っている。両国間の関係も良好だ。


 国内の細々とした問題はいつものこと。城内と諸国に憂慮しないですむならありがたい話と宰相は微笑んだ。

 

「時に、エルマ殿には聞こう聞こうと思いながらつい後回しになっていましたが。あなたの情報収集には感服しております。いったいどのような伝手で入手しておられるのか、このぼんくらにも教授願いたいのですが」

「宰相様がぼんくらなどとは、とんでもないことです。私はただ耳をすまし、目をこらしているにすぎません」

「……なるほど、とびきりの目と耳をお持ちとみえる」

「おそれいります」


 はぐらかし、はぐらかされの問答に宰相は引き下がる。あちこちに手の者を潜入させていなければ、城にいながら城を出た者の行く末までは把握できない。今の王妃は貴族とも親交が深いので、ますます情報は手に入れやすいだろう。

 ふと氷の王妃と呼ばれていた頃の王妃の、人形のようだったたたずまいを宰相は思い出す。

 人をよせつけず、人に寄り添わない。

 そんな中にあって、あの薄青い瞳はじっくりと人を検分しているようでもあった。

 現在王妃が特に親しくしているのは、王妃を冷遇する城内にあっても貶めるのに加担しなかった者、王妃への個人的な感情はどうでも慈善事業などの理念には賛同して協力した者、人付き合いには長けてはいなくても有能な者などだ。

 共通するのは状況に流されずに己の信念を持つ者。わざと嫌われてその中から信じるにたる人物を見極めたとは思わないが、それに近いものはある。


 おそらく国王陛下も自分も吟味されたのだろうと思うと、宰相は苦笑を禁じえない。

 見事に踊らされてしまったのだから。しかも自分は証拠を完全に掴むことができず、欠けた環は侍女から託された証拠書類で補完した体たらくだ。

 今後も侍女の目は静かに、それでいて厳しく注がれるのだろう。


「あなたは、あの当時のことをどうお思いになりますか?」

「私ですか? 人は見たいようにしか物事を見ないのだと。それは自分にも当てはまりますから、自戒しなければならないのですが。ただ、そうですね。陛下からきちんとした謝罪があったのは、とてもよいことだと思いました」


 髪の毛をきちんと結い上げて、優しく笑う侍女は王妃の母代わりも任じているようで、宰相は笑顔の裏に別の感情を読取った。

 もし、陛下がうやむやに済ませていたら……。今日の王家の形があったかどうか。

 この侍女がいたからこその王妃なのか。

 主従を越えた絆を結んでいる彼女達に畏敬の念を抱く。

 


 そろそろ戻ると言う侍女を見送ろうと宰相は腰を浮かした。


「明日にでも正式に発表があると思いますが、侍医の診察がありました。王妃様におかれましては……」

「それは、もしや」


 はい、と嬉しげに頷く侍女に、宰相も安堵が沸きあがるのを感じる。

 側妃を持たないと決めた陛下と王妃の間には御子は二人。多ければ多いほど喜ばしい。また陛下は有頂天になるだろう。手綱をしめるのは自分の役割だ。さすがに三度目なら少しは落ち着くだろうか。


「こんな驚きは何度あってもよいものですな」

「ええ、恐れ多いことですが孫をみるような心地がいたしますの」


 王妃に付き従って他国に入り、側で仕えてきた侍女が漏らした言葉には年月と慈しみが感じられる。

 今夜の夕食の席ででもこの喜ばしい話は発表されるだろう。

 明日の陛下のご様子が楽しみだと思いながら、宰相は侍女を見送り幸福な気分のおすそ分けを預かった。






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