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氷の王妃  作者: 素子
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刺繍

 クリスティーナが針をつかっているところに、子供達がやってくる。

 

「お母様」


 刺繍枠にはめた布に針をとめて、クリスティーナは子供達が誤って針を刺さないようにエルマに渡した。エルマは静かに受け取る。ジェーンは子供の好む菓子を用意するべくきびすを返した。

 年長の男の子は栗色の髪の毛に青い瞳、下の女の子は金髪にうす青い瞳をしている。母親に会えて嬉しくてたまらないとばかりに、女の子は膝に上ろうとして小さな手を広げてきた。

 クリスティーナは微笑んで、二人をぎゅっと抱きしめた。子供の高い体温とすべすべした肌の感触は、いつもクリスティーナを幸福にする。


「今日はどうしたの、甘えんぼさんね」

「おにいちゃまがことりをにがしたの」

「だって怪我が治ったのだから、自然に帰してやらないと駄目なんだ」


 小鳥が羽ばたいていったときのことを思い出したのか、小さなナタリアは泣きそうになる。それを兄であるアーノルドがまたかという顔で見つめている。泣き虫で甘えん坊なナタリアに振り回されながらも面倒見のよいアーノルドは、今もナタリアの目をのぞきこんで話しかける。


「お母様に逃げない鳥を刺繍してもらうために来たんだろう?」


 兄の言葉にナタリアはこくりと頷いた。そしてクリスティーナを見上げる。


「おかあしゃま、とりのハンカチをナタリアにちょうだい」

「ええ、分かったわ。一羽では寂しいからお友達も一緒に刺繍するわね」


 ぱあっと顔を輝かせるナタリアに、やれやれとばかりにアーノルドが肩をすくめる。

 傍から見ればまだ子供のアーノルドだが、父親の真似をしたがっているのが微笑ましいと侍女達から笑われているのを本人は知らない。


「お母様は何をなさっていたのですか?」

「お父様のハンカチの刺繍よ」


 エルマがナタリアが触れないところから、そっと刺繍の型枠を子供達に見せた。八割がたできているそれは、薄い色の布に白い花が刺繍されていた。


「僕もこの花のハンカチが欲しいです」

「ナタリアも」


 放っておくと奪い合いになりそうなので、再び避難させてクリスティーナは子供達の肩を抱きこんだ。ゆっくりと分かりやすい声で、子供達の注意をひいて話をする。


「この花は、お父様だけの花なの。二人にはまた別の花を刺繍してあげる」

「どうしてお父様だけなのですか?」


 それはね、と続けようとしたクリスティーナは、入ってきた人物に言葉を奪われた。

 ランドルフはナタリアを抱き上げて、アーノルドの頭をいささか乱暴に撫で回す。子供扱いされるとアーノルドが嫌がっているのを承知で、ランドルフが時々やる挑発行為だった。今も憤慨して顔を紅潮させるアーノルドを、目を細めて眺めている。


「この花は私だけのものなのだ。お前が大きくなったら理由を話してやる」

「大きくなったらっていつですか」

「好きな相手ができたらだ」


 はぐらかされたと思ったのか、アーノルドはむっとするがその頬は子供らしい曲線を描いている。

 ランドルフとアーノルド、抱き上げられてご機嫌のナタリアを見つめながらクリスティーナはこんな日が自分にくるとはと感慨深かった。

 まるで春の陽だまりのような、温かく幸福な光景をこの手につかめたなんて。絶望の中でずっととけない氷を抱いていたような日々を思うと、今の情景が何倍にも貴重に思える。


 そっとランドルフの腕に手をかけると、侍女にナタリアを預けてランドルフはクリスティーナの額に唇を落とした。

 アーノルドには後で遠乗りに付き合うと約束して、子供達を退出させたランドルフは侍従の給仕でお茶を飲む。


「いっぱしのことを言うかと思えば、まだまだ子供だ」

「ランドルフ」

「だが、あの花は私以外には刺繍しないのだろう?」


 アーノルドとナタリアに、ねだられたところから目撃されていたらしい。

 クリスティーナはくすくすと沸き起こる笑いをこらえられなかった。目の前のランドルフこそが誰よりも子供っぽく見えてしまう。

 笑うクリスティーナをしばらくそのままにしたランドルフは、耳元であまり笑ってくれるなと囁いた。その響きに二人きりになった時のランドルフの様子が容易に想像できて、クリスティーナは失態を悟る。

 大人と子供の同居するような眼差しのままランドルフはお茶を飲んで、馬の用意を言いつけた。子供用の鞍、という言葉にランドルフはきっとアーノルドだけではなく、ナタリアも馬に乗せる気なのだと考える。子供達は馬に興奮して今夜は早くに寝てしまうに違いない。

 その後が、少し怖い気もする。



 クリスティーナは刺繍をやりかけたハンカチを完成させて渡せば、事態がよくなるだろうかと淡い期待を抱いた。

 が、それは甘い考えだったと、ランドルフはクリスティーナに知らしめる。






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