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氷の王妃  作者: 素子
13/18

13  通告

 ランドルフがクリスティーナの部屋を訪れると、侍女二人と刺繍をしている最中だった。突然の訪問に侍女はてきぱきと片付けをする。クリスティーナは刺しかけの針を枠にはめた布にとめる。手芸の用具をまとめて籠に入れ、侍女に渡した。

 ランドルフはつかつかとクリスティーナの側まで行って、腕をつかむ。侍女と自分についてきた侍従の方を見もせずに、抑えた声で命令する。


「しばらく王妃と二人で話をする。誰も赦しがあるまで入ってはならぬ」


 クリスティーナが私的な居間として使っているいくぶんか小さな部屋に、二人きりでこもった。腕をつかまれたまま、クリスティーナは長椅子に強引に座らされた。ランドルフ自身はその隣にどかりと腰を下ろす。

 腕を組んで前を向いたランドルフは唇を引き結び、怒りを抑えている様子がびりびりとクリスティーナに伝わってくる。

 ランドルフはゆっくりとクリスティーナの方に顔を向けた。


「転地療養とは、どういうことだ?」

「痛めた腰や背中が思わしくないのです」


 クリスティーナの言葉にランドルフがはっとして、そっとクリスティーナの背中に手をあてがった。その手の感触をクリスティーナは何も言わずに味わう。


「まだ痛むのか?」

「……時々ですが」

「ならばしばらく公務を休んで、ここでゆっくりすればいいではないか」


 クリスティーナはランドルフを見上げる。薄青い瞳は凪いだ光をたたえていた。

 背中に当てられていた手を前に持ってきて、クリスティーナは両手で包み込んだ。この短い間に、自分を価値あるもののように扱ってくれた手を。


「もう決めましたの。北に行こうと思っています」

「療養なら温暖な地方にすればよい」

「わたくし、北の方が気が楽なんです」


 話が望まない方向に転がる気がして、ランドルフは慎重に言葉を選ぶ。体ごとクリスティーナの方に向ける。目を覗き込んで、どんなささいな変化も捉えようとした。


「どれほどの期間療養するつもりだ」

「……長い期間とだけ」

「まるで、出て行ってしまうようではないか」


 冗談のように軽く言うつもりが、口にしてしまった瞬間に二人の間に不吉な重みを感じさせる。

 クリスティーナに否定して欲しいのに、クリスティーナは視線を手に落とした。

 やがてゆっくりとした呟きが耳を打つ。


「わたくし、戻りません」

「クリスティーナッ」


 包み込まれた手を振りほどいて、ランドルフはクリスティーナの両肩を掴んでいた。力が入っていたようでクリスティーナが眉をひそめるが、それに気付かぬほどに衝撃が大きかった。

 ――戻らないとはどういうことだ?

 考えるのを、意味を理解するのを拒否する自分がいる一方で、クリスティーナが真剣なことも無意識に判断している。


「冗談は、よせ」

「陛下、わたくしは……」

「名前で呼べと、そんな他人行儀な」


 ランドルフと囁かれる。何年もの間陛下、王妃としか呼びかけなかったのがようやく打ち解けられたと思ったのに、なぜ戻らないなどと言い出すのだろう。ランドルフは混乱する。

 だが次にクリスティーナは、無情な一言を言い放った。


「わたくし、王妃を退きたいんです」




 沈黙が支配する。馬鹿なとしか浮かんでこないランドルフに対し、クリスティーナは少し顔をうつむけている。

 肩を揺さぶって強引に上向かせる。惑乱は怒りにとってかわろうとしていた。


「そのようなたわ言が通ると思うのか。見くびられたものだ」

「宰相殿と、ブレンダ様の父君の侯爵は賛同なさいました」


 一笑にふしたランドルフに冷や水が浴びせられた。


「わたくし、王妃の位を売り渡しましたの」


 恥知らずはこんな時だというのに、あでやかに微笑んだ。

 事故から数ヶ月、今更転地療養などと言い出した挙句王妃を退く、ここには戻らないなどと。


「なにを馬鹿なことを。そなたは私と共にと誓って、婚儀を挙げたではないか」


 王族として生まれ育った者が、義務を放棄できるはずがない。ましてや同盟という国家間の問題が絡んでいるのに。

 性質の悪い冗談にしてしまおう。公務はしばらく、誰がなんと言おうと休ませる。数日はクリスティーナを離さずにおこう。

 そうすれば、こんな突拍子もない考えなど立ち消えになってしまうはずだ。


「私の王妃はそなただけだ、私を信じて欲しいと伝えてあっただろう? クリスティーナ」


 頼むから微笑んで同意してほしい。いつまでもここに、自分の側にいると言ってほしい。ランドルフの願いをクリスティーナは打ち砕く。


「わたくしが王妃を退き、ブレンダ様が王妃になる。利害が一致しましたの」

「利害などと」

「――そうすれば、生まれてくるお子は側妃の子ではなく王妃の子となります。外聞もいいでしょう? わたくしは代価を、ブレンダ様は名誉を手に入れる。双方ともに満足のいく結果になると判断しました」


 薄笑いを浮かべるクリスティーナは、笑っているのに氷の王妃のあだ名に相応しくひどく寒々しい。

 その笑みが冷笑だからか。


「そなたは……どうするつもりなのだ」


 喉になにかがつかえて声が上手くでてこない。宰相と、有力貴族である侯爵が王妃の退位に同意しているのであれば、決定事項に等しい。表と裏から、内外にこの話を広めているに違いない。

 それにクリスティーナが加担している。それも積極的に、いや、主導して。

 転地療養の話も打診ではなく、通告なのだ。自分を、国王だけを置き去りにした。到底赦せるものではなかった。

 手放しがたくなった今になって、ようやく心が通い合ったかと思った今になって去って行くと言うのか? 数ヶ月前なら、少なくとも事故の直後ならなんとも思わなかっただろうにと、皮肉さにランドルフは笑いそうになる。


「生国には戻りません。わたくしの持参した領地は生国に返したいとは思いますが。わたくしは、領地に隣接した土地をいただけたら、そこで修道院の院長になります。ゆくゆくは孤児院も併設しようかと思っています」


 修道女になってしまえば、政治的に利用されることはなくなるだろう。クリスティーナはそう考えた。

 元王妃、元王女などという肩書きは厄介ごとしか招かない。宗教で多少なり身を守れれば、あとは穏やかに過ごしていける。

 宰相からは、領地と隣接する土地の割譲には反対されなかった。あんなやせた辺鄙な土地など自分に譲っても、この国には痛くもかゆくもない。

 修道女になって孤児院を建設して、いずれは城下の孤児院から成長した子供達が訪ねてくれれば、人や技術の往来が始まる。遠からず父に代わって国王になる兄のためにも有用だろう。


「そなた、最初から計画していたのか?」


 そうでなければ、あまりにも手回しが良すぎる。なにもかもクリスティーナの思惑通りではないか。

 

「ブレンダ様の方がランドルフには相応しいのです」

「――黙れ」


 ランドルフはクリスティーナを荒々しくかき抱き、自分の胸に押し付けた。






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