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氷の王妃  作者: 素子
11/18

11  思惑

 ランドルフはデレクの相手をして、両国間の現状確認や問題となりそうな事案の協議などを済ませた。一段落して、世間話のような流れになった時にデレクが切り出した。


「妹の処遇はどうなるでしょうか」

「処遇も何も、変わりようがないが」


 何を言い出すのかとランドルフはデレクの顔に顔を向ける。妹に良く似た顔立ちに、色彩を持つ王太子は真面目だ。真剣な眼差しを向けている。


「それで国内の方々は納得しているのか疑問なのです」


 率直な言葉にランドルフは詰まる。夜会でのブレンダの発言は、各方面に波紋を広げている。素直に次世代が増えることを歓迎して懐妊を喜ぶ者、侯爵令嬢の側妃の懐妊を歓迎する者、何より王妃を疑問視する者。

 ランドルフとて城内の空気は承知している。王妃の懐妊が公表された時よりも、はるかに素早く大量の祝賀が寄せられているのがいい例だ。周辺国との関係が安定している現状、貴族の目は国内事情に向きがちだ。

 てっとり早く勢力を拡大する方法が、王家に入り込むこと。男性であれば家名を背景にした上で実力で、女性であれば容貌と才覚で。

 ブレンダが今後得るだろう勢力と影響力は計り知れないと、群れる人々は側妃を持ち上げて王妃を落とす。

 

「元から小国出身として、またあれの性格からも、こちらで諸手をあげて歓迎されてるわけではないのは承知していました」


 デレクは静かに切り出す。物の言い方もクリスティーナに似ている、とランドルフは思う。自己抑制に長けて現状の認識をした上で、話を持っていこうとする。

 この話し合いの行方はあまり愉快なものではなさそうだと漠然とした予感を持ちつつ、まずは牽制する。


「否定はしないが、仮にも一国の王女を同盟の上でめとったのだ。おろそかにはしない」

「陛下のご厚情はありがたい話ですが、それで済むとは思えないのです」

「陛下ではなく、ランドルフと呼んではもらえないだろうか。貴殿は私の義理の兄上なのだから」

「では、ランドルフ殿。妹を排斥しようとする流れがあるのはご存知でしょうか」


 ランドルフは表情には出さなかったが、周囲に硬質な雰囲気をまとう。同席している宰相も落ち着いてはいるが隙なく国王と王太子を見比べている。

 デレクは妹を思い浮かべながらランドルフと対峙する。

 将来は自分も国王になるとはいえ、国土の大きさは歴然としていて属領になっていないだけましな程度の状態。隷属を免れたのはひとえに歴史だけはあること、対価となるような鉱物資源が産出されたからにすぎない。

 寒冷な気候のために農作物の増産は望めない、なれば鉱工業での発展を目指すしかない。資源の輸出にも、加工技術にもこの国を頼らざるを得ない。以前よりは依存の度合いが軽くなったとはいえ、だ。

 同盟の証として、ほとんど貢がれるように婚姻を結んだ妹の行く末はお世辞にも明るくない。


「私は妹を引き取ってもよいと考えております」

「――それは国元の国王陛下の考えとしてよいのか?」


 ほとんど唸るような声でランドルフが問いただす。表には出すまいと努力はしたが、手に力を入れていないとテーブルを力任せに叩いてしまいそうな衝動が駆け巡る。

 デレクはそんなランドルフを見やり、静かにお茶を口に運んだ。


「父は国益にかなうのであれば何も言いません。現在は病がちでもありますので、実務の大半は私が担っています」

「王妃を貴国へと戻すのが、どう国益にかなうのだ」

「少なくとも貴国の国内安定には寄与するでしょう」


 それだけでも恩を売ることになる――デレクはそう匂わせた。


「私が王妃と側妃の問題ひとつ御せない惰弱な国王と言いたいのか?」

「いいえ。私はひとえに妹の安全を確保したいのです」


 薄青い瞳をまっすぐに向けられてランドルフはたじろいだ。まるでクリスティーナに言われているような気がした。ただこの言い分は受け入れるわけにはいかない。


「王妃が危険なはずはない。どこよりも厳重な警備で守られているはずだ」

「そうですか」


 それは肯定にも疑問にも聞こえた。

 デレクはクリスティーナが口にしなかった事柄を、エルマを通じて知っている。中にはクリスティーナ本人すら気づかない、未然に防がれた事柄もだ。懐妊の直後からひどくなり、そして側妃の懐妊でまた不穏になっていることも。

 確かに警備は厳重だが、執拗に狙われればほんのちょっとした隙を突かれてしまうかもしれない。

 ――むざむざ失いたくはない。


 ランドルフもデレクの裏に含んだ意図を受け取った。

 肯定すると国の威信に関わる。否定するには――階段の件がある。あれが故意に引き起こされたことならば、両国間の関係を含めて最悪の事態を招きかねない。

 薄く額に浮いた汗をぬぐおうと、ランドルフはハンカチを取り出した。それにデレクが目を止める。


「それは……」

「ああ、王妃が贈ってくれたもので、必ずこの花が刺繍されている。封蝋の印もこの花だったと記憶しているが」

「そうですか、ティーナがこの花をランドルフ殿に……」


 意味ありげに頷くデレクは『義弟』に優しげな眼差しを注いだ。

 ランドルフは首をかしげる。この花に意味があるのだろうか。デレクは内緒です、と前置きしたうえでランドルフに伝える。聞き終えて少しだけ赤面したランドルフは、そそくさとハンカチを懐にしまった。

 打って変わって真摯にランドルフは宣言する。


「私は王妃を、妹君を守るつもりでいる。よく含みおいていただきたい」

「……妹はあなたに嫁いで幸せだったのでしょうね」


 過去はどうあれ、夜会の時までは理想的な間柄にも見えた。

 それがもっと早くであればとデレクは苦くこみあげる思いを封じた。



 王妃の硝子玉のような薄青い瞳に、伯爵は汗を滲ませた。

 小国出身の小娘と侮っているのに、妙な威圧感を覚える。まるで人外のなにかを相手にしているような、人形に話しかけているような。


「結論付けるとどういうことですの?」


 平坦な口調なのに、ひやりとする。何故圧倒されるのだろう、理解できない。


「……王妃様におかれましては、いささかお加減が優れないのではないかと」

「まあ、知りませんでした。わたくし、体調が悪いんですの?」


 ほっそりとした小首をかしげて、クリスティーナは伯爵に質問返しをする。

 腹心だという侍女のほかには人払いをしてある王妃の居間は、居心地がよいはずなのに伯爵は汗が抑えられない。この説得に自身の栄達がかかっている。その緊張と、間近にした王妃がなぜか予想した反応を返さない不安。

 伯爵はふいに自分が歩いているのが、広く平坦な道ではなく足元の危うい崖の道であるような気がした。王妃と侍女から感じる、冷気は何なのだろう。


「気鬱がたまっていらっしゃるのではないかと、もっぱらの評判でございます」

「それで転地療養を勧めてくださるという訳なのですね。ご親切なこと。どちらが候補地にあがっているのですか?」

「南に良い保養地がございます」


 瞬間、伯爵は薄青い瞳に射すくめられた。王妃はゆったりと座っているだけだ。なのに迫力が感じられる。小国であっても王女で、お飾りであっても王妃である、王族が発する威厳なのかもしれなかった。


「わたくしは北の出身ですから、南よりも北の方が療養としては適しているのではと考えます」

「北、ですか」

「持参金がわりにした領地もありますれば」


 この国と隣接する小さな領地。王妃が育ったという離宮を含む北のやせた土地は、持参金の目録に加えられた時も貴族たちの失笑を買った。

 伯爵は王妃が正しく意図を理解していると解釈した。その上で条件を提示されたとも。体裁を考えると最も正しいように思える。これを持ち帰れば不興は買うまい。


「王妃様の育ったところと聞き及んでおります。さぞ良い場所なのでしょうね」


 辛辣なものを含んだ世辞に、王妃は微笑んだ。その笑みに伯爵が硬直するのも構わずに、王妃は深みのある声で続けた。


「やせた、つまらない土地ですわ。森と山しかない。でもわたくしには思い入れのある土地なのです」

「なるほど、王妃様には大事な場所と。療養されるのにも良いでしょう」


 クリスティーナは伯爵に、その背後にいる侯爵に向けて言い放つ。

 エルマは黙って恥知らずと主の会話を聞いていた。話をもってきたのは伯爵なのに、主の意図するほうに持って行かれている。転地療養の誘いとはと内心で失笑するが、名目としては悪くないのだろう。


「まあ、それも本当にわたくしの体調が悪ければの話ですけれど」


 優雅に扇子を振ってクリスティーナが話を終わらせた。伯爵はなすすべなく扉をくぐらざるを得なかった。空気を入れ替えるとエルマが窓を開ける。


「ねえ、エルマ。伯爵はわたくしが何も知らないと思っているのね」

「尻尾をつかまれていると分かっていれば、いかに侯爵から指示を受けたからとはいえ、のこのこと顔を出せるとは思えません」


 主と二人であればエルマはかなり辛辣な物言いをする。

 

「宰相殿が調べているようだけれど?」

「ただ時間が経過しております。実行した者は実家に戻されたり、不慮の事故など得ておりますので」


 証拠や証人を集めるのに難航しているらしい、と匂わされクリスティーナは宙を見つめる。握っている証拠、転地療養の誘い、急いでいるのはこちらではなくあちら。

 時間が自分の味方になるだろうと結論付けた。

 そこに思いがけない訪問者があった。



 花のない庭を国王と王妃が散策する。

 急にやってきたランドルフから誘い出されてクリスティーナは困惑をかくせない。最近のランドルフはクリスティーナの理解をこえるような気がする。今までの言動に基づいた次の行動が全く予測できない。

 夕暮れの庭園は庭師の丹精のおかげで、見事のひとことだ。整然と刈りそろえられた灌木や、影まで計算されたような木立、噴水は目と耳をも楽しませてくれる。

 しばらく歩いて噴水の側に二人は腰かけた。


「陛下、どうなさいました?」

「クリスティーナ。デレク殿にはティーナと呼ばれているのだな」

「ええ、兄は昔からそう呼んでいます」

「私のことも陛下ではなく、名前で呼んでほしい」


 ゆっくりと手を重ねられてクリスティーナはますます困惑する。人目があるところでランドルフが親密な様子を表すことはなかった。

 時期が時期だけに必要以上の注目を集めるだろう。

 いたずらに刺激することは避けたいと思いながら、クリスティーナは手を引けないでいた。熱く包んでくれる大きな手を放したくなかった。


「ランドルフ……」

「クリスティーナ。私の王妃はそなただけだ。私を信じてほしい」


 手だけでなく背中にも手を添えられて引き寄せられる。

 クリスティーナは少しだけためらった後で、素直に身を任せた。

 触れるぬくもりと感じる鼓動が鮮明になるように、ゆっくりと目を閉じた。






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