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氷の王妃  作者: 素子
10/18

10  方針

 翌日王太子である兄のデレクとクリスティーナ、エルマも加わって話し合いがもたれた。皆一様に固い顔つきだった。デレクはクリスティーナがうっすらと隈を作っているのに気付いた。

 一夜明けて城内は側妃の懐妊の話で持ちきりだ。人払いをしているはずのこの部屋まで、落ち着かない空気を感じる。


「……ティーナ、これでいいのか?」

「デレク兄様、国には益となりましょう。こちらから動くわけではありませんから」


 デレクは腕組みをして、クリスティーナの『提案』を検討する。王妃の流産の後での側妃の懐妊。これが国へどう影響するかは明白だ。父の国王が表立っては動かないだろうことも、妹の立場を苦しくする。国益を考えれば一応の擁護はするだろうか。

 格上といえる国に輿入れしたのに確固たる成果をあげられなかった妹に対して、父王の心情は冷ややかであろうと思われる。

 この国でも国元でも苦境に立たされる。クリスティーナはそれを見据えて打開策を講じようとしている。冷静な判断は、空恐ろしいほどだ。


「側妃のブレンダ様と実家の侯爵家の意向は、明白です。問題はそれを実現する気があるか、あるならどの程度まで実力行使をするかでしょう」

「お前は同盟の証でもあるのだ」

「それでもわたくしは邪魔者でしょう」


 淡々と自分を評価する様に、デレクはエルマと目配せをかわし同じ思いだろうと確信した。どうして卑下していると感じるほどに自己評価が低いのか。冷静な物言いは皮肉にも氷の王妃のあだ名に相応しい。

 こちらから動くことはしない、そう言いながらも自衛はしているらしい。エルマが毒見の強化を指示し、不用意な外出は避けて警備も厚くするようにと近衛に申し入れたようだ。今まで以上に贈り物にも神経質になっている。

 

 側妃の懐妊の後で王妃の交代があるのではないかと囁かれている。流産した小国の王妃よりも、自国の侯爵令嬢――将来の世継ぎの母の可能性が高い女性――の方がと、水面下での話がここに来て半ば公然と語られている。

 国民感情としても側妃の子供が王位につくよりも、王妃の子供としての方がより王権の正統性が感じられるだろう。


 そんな意向を背景にいつ王妃下ろしが本格化するか分かったものではない。クリスティーナはランドルフの言葉を思い返す。

 ――私の王妃はそなただ。

 言い切ったランドルフの力強さは頼もしかった。ランドルフ本人は、自分を廃するつもりはないようだ。

 ただ国内貴族の意向を突っぱねられるかとなると別問題だ。貴族間で根回しをした上で、宰相や国王陛下に迫ることだろう。ランドルフとて自分の子供の出自は高いほうがいいに決まっている。


 水面下で非公式に働きかけるのなら時間はかかるだろうから対策も講じられる。これが実力行使に出られると厄介なことこの上ない。

 出産まで期限があると考えると、後者が選択される可能性が高い。表向きは話し合いで、裏では排斥に動くことも充分に予想される。


「しばらく孤児院にはお出ましにならないほうが……」


 エルマが注進する。クリスティーナはテーブルに肘をつき、両手を組み合わせた上に顎を埋めるように乗せている。考え事をする時のクリスティーナの癖だ。


「わたくしだけなら、引きこもればすむけれど」


 とりあえず口に入れるものに気をつければよい。城内で最も警備が厳重なはずの王妃が襲われる事態は、よほどのことがない限りおこりにくい。

 怖いのは弱点を攻撃される、または口実に脅されることだ。


「いっそしばらく孤児院に泊り込もうかしら」


 冗談めかすとデレクとエルマも緊張を和らげる。冗談ではなく孤児院の警備を宰相あたりに依頼しなくてはならない、とクリスティーナは思う。

 ただ年長の子供達は仕事や買い物に出かけることが多いので、個々に警備をつけるというのは実際的ではない。せいぜい街の警備隊の巡回の強化程度だろう。孤児院の子供達に危害を加えられては、と頭が痛い。


「王妃の後援する孤児院の襲撃など、国の威信に関わると思うけれど」

「火事でも迷子でも、事故や災害なら可能だ。ティーナ」


 常に最悪を想定しろ。デレクの冷徹な言葉は、しかし本質を突いている。

 ふう、と重い溜息が漏れる。実力行使の前に侯爵なり、代理人なりが『話し合い』に来るだろう。


「ではお前が考えている状況になったとしてだ」


 デレクは地図を取り出した。生国とこの国が描かれた地図には赤と黒で印が付けられている。

 三人は顔をよせてことさら小声になった。


「黒が婚姻の時点に明らかだったもの。赤がその後の調査で判明したものだ」

「お兄様、ここもですか?」

「ああ、ここはかなり有望らしい」


 クリスティーナの指がある地名を示す。デレクは頷いた。


「お前の目論見どおりなら、相当な利益を生むはずだ」


 だが、とデレクは顔を上げ、自分とよく似た薄青い瞳を覗きこむ。

 そこにあるのは妹を案じる兄だった。


「お前が犠牲になることはないのだ、ティーナ。ここが嫌なら――」


 今までにも気遣いを見せてくれた兄に、クリスティーナは感謝の念を持つ。今も先行きの暗い自分を心配してくれている。

 生国に戻っても自分に居場所も利用価値もあるとは思えない。自業自得とはいえ不名誉なあだ名を冠し、流産して子供が望めないだろうと宣告された女など。

 階段から落ちた時、クリスティーナは自分の未来を悟った。何もせずにその日を待つか、少しでも有利になるようにあがくか。クリスティーナは後者を選び、目的を定めて動き出した。


「もう少し時間があればとは思ったのですが」


 孤児院の改革も経営もやっと走り始めた状況だ。問題点を洗い出して改善する、その繰り返しをする時間は残念ながらあまりにも短い。

 クリスティーナの誤算の一つはブレンダの懐妊が思ったよりも早かったことだ。

 もう一つの誤算は、ランドルフ。

 クリスティーナは組んだ手をテーブルに置いた。

 冷たい間柄のままだったら、何の感慨もなく計画を実行できていたはずだったのに。本当に皮肉だと自嘲したクリスティーナは、心配そうな二人に微笑んで見せた。


「そんな顔はなさらないで。わたくしなりに考えたことなのですから」



 ブレンダの部屋は贈り物で埋まりそうだった。夜会で懐妊を報告したものだから、一斉に話が伝わって引きも切らずに祝賀が寄せられている。

 筆頭というべきは父親の侯爵で、既に子供服や玩具などを用意していた。願望が入っているのか男の子の色目のものだ。

 王妃からも祝いの書簡とともに、履き心地のよさそうな自作の室内履きが贈られていたが、縁起が悪いの一言でブレンダの目に触れることなく処分された。払い下げられたと下働きの者が所持しているのを知ったジェーンの悔しがりようはなかった。


「縁起、ね」


 クリスティーナが一言で済ませたのに、ジェーンは自分のことのように悔しがった。

 主があなどられたのもそうだし、城の空気がブレンダになびいていることへの不安や不満もあるのだろう。


「そんな顔はここだけになさいね」


 クリスティーナにやんわりと注意されて、ジェーンも気を取り直す。ジェーンが不満顔をしていれば、王妃がやっかんでいると受け取られてしまう。

 こんな時だからしっかりと勤めなければ。外出を控えてこもりがちな気分を明るくするために、綺麗な布や糸をもちこんで手芸に時間を費やした。慣れるとおしゃべりしながらも手は動く。うってつけの作業でもあった。

 孤児院で売ってもらうために刺繍を施しながら、ジェーンの語る城内のあれこれをクリスティーナは興味深く聞いた。

 一針一針に想いをこめて模様を紡ぐ。残り時間と競争するかのように。



 数日後、クリスティーナはある伯爵から面会の申し入れをされて、それを受けた。








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