道化師はかく語りき
ライオンの子供が崖から落ちた。
それと同時に、彼も崖から転落した。
それは一人の裏切り者から始まり、
複数の裏切り者で終わる。
安っぽいワインより後味の悪い、
そしてシュガーバニラのようなしつこさが残る。
幻覚、幻聴。
どれをとっても彼を突き落とす材料にならず。
幽霊など以ての外。
目に映るのはただ現実だけ。
彼は暗闇に居た。
独りは怖くないと豪語してきた。
トンネルは彼の影を伸長させ、あたかも彼に迫るかのようだ。
うわん、うわん、と響く。
トンネルに木霊するのは人の声。
彼には聞き覚えがありすぎた。
複数の声は彼の背後まで押し寄せる。
振り向けば予想通り、
見知った顔が勢揃い。
ただそれは普段とは違い、
冷たい目、蔑む視線で溢れていた。
彼は前を向いて逃げ出した。
彼をトンネルに追いやったのは現実だ。
あの中に居たくないと彼は叫んだ。
足がもつれても、長い距離を走り抜けた。
抜け出したとき、光が彼を包み込む。
暗闇に慣れた目は、光を拒否した。
徐々に視界が整われていく。
見えたのは、はしゃぐ知った顔の人々。
突き落とされたかのような衝撃に、彼の力は抜けた。
膝をがくっと折り、うなだれる。
己が恐れた現実は、今目の前にあった。
手を伸ばせども届かない。
自分は独りで良いのだ、と言い聞かせてきた。
彼はその代償を払うことになった。
厚い殻を破って、薄い殻だけで接してきたはずが、
いつの間にか再び厚い殻に覆われた。
「ずっと一緒だよ」
偽善に満ちた笑顔が彼を貫く。
「嘘じゃないか」
独りごちた言葉は、彼にしか聞こえなかった。
複数の裏切り者に、貼り付けた笑顔と偽善を浮かべる。
彼は孤独なPierrotだった。
握手をした手は風を掴み、
薄暗い微笑みは太陽に透けた。
彼は偽善者の前で始終笑った。
数歩後ずさると、偽善者の前で後ろに倒れた。
ライオンの子供は親に落とされ、
彼は復讐の為に自ら落ちた。
偽善者たち一生は彼の笑みがこびり付いたままで、
同じように暗い湿ったトンネルをさまようことになった。
手を伸ばしても在りし日は戻らない。
ただ耳の奥で彼の哀しい笑い声が復誦されるだけ。