中庭
上から塗り替えていく、
記憶。
似た場所を重ねた。
隣には貴方がいた。
「ここであんな話をしたね」
暗い、淡い電灯の灯る庭で
距離もなく傍にいた。
私は少し見上げて貴方を見ながら
矢継ぎ早に出来事を話す。
「今日はね、ここに来てるんだ」
伝わらない会話でも
ただ話を聞いてくれるだけでよかった。
だから私は言い続けた。
広がる沈黙を殺すように。
少しひび割れた塀、
重々しい大きな門、
黒の支柱の先に光るオレンジ、
影を落とした外廊下。
「寒いね」
手を伸ばしたけど何も掴めなくて。
実際は良く似た場所。
貴方と居た中庭じゃない。
隣は何も知らずに笑う人たち。
「寒いね」
「そうだね」
皆が笑いながら返してくる言葉に
不意に現実を見た。
同じなのは右手に飾られた輝き。
姿も格好もあの頃と違う。
見つかるはずがないと思っても
目印にしたモノたちに目をやった。
ここにいたのは違う人で、
貴方とはここに来てなくて。
似た場所には二人で行って、
だけどここにも二人で居たような気がして。
震える手で
呼び鈴を鳴らそうと思った。
でも拒絶と無反応が怖くて
出来なかった。
明るい会話の端っこで、
私は灯りが暗いのを良いことに、
一粒だけ涙を浮かべた。
某夢の国で、いろいろ思い出して泣きそうになったから。
やっぱり、メールできなかった。