坂道
2年前まで当たり前に登った坂道。
私は二度と歩くことのないと思ったこの道を、
必死に駆け上がっていた。
忘れ物を取りにいかなきゃ。
そして、今は無き家の前に佇む姿を見つけた。
それは3年前と変わらぬ姿だった。
「なんでいるの?」
「久しぶり」
会いたかったとか、来るなとか、好きとか嫌いとか。
全部全部ひっくるめて、
「……っ!」
名前を呼んだ。
「あっ、違う。忘れ物……って、鍵ないのにとれないじゃんね」
慌てて何かに弁解する。
勿論鍵は返却してるし、今更忘れ物なんてないのだけど。
思い返せば、この人が忘れ物だったのだろうか。
本当は会いたかったのだと、
全身で伝えたかった。
だから思わず抱きついた。
性格もあの頃と変わらないままなら、
やれやれといった顔で受け止めてくれるはずだから。
案の定私は支えられ、
私は全てを水に流したような笑顔を向けた。
昔のようにただぶらぶらとするだけで、
何か特別な用事はないのだけど。
たまに小さな小さな我が儘を言ってみたりして。
「饅頭食べたい」
とか、
「いつものお餅食べたい」
とか。
それにぶっきらぼうな優しさが垣間見える表情で、
「今度買ってきてあげるから」
って言われた。
その今度なんて来ないのにね、
私は嬉しそうに頷くんだ。
変わらない見えない優しさは、
私の見えない傷付いた心を癒やしてくれた。
だけどそれは戻らない過去で、
訪れない未来で。
目が覚めたらもうその姿を見れないことに、
私は酷く落胆し、絶望した。
今度、も何もない。
結局私を救ってくれる人なんて初めから居ないんだ。
期待するだけ損なのに期待して。
だけど本当に辛いとき、
さり気なく夢の霧の中で寄り添うのが分かるから。
だからそれで仕方ないとしてしまう。
お願い、
ずっと私の味方でいて。
あの頃のように、
馬鹿な心配をした私を慰めて。
私の最後の居場所を、
どうか奪わないで。
実際に見た夢。