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先祖から孫へ

作者: 純銀
掲載日:2026/05/20

挿絵(By みてみん)

祖父が高台に建てた古い我が家からは海がよく見える。

私はセッチューマサツ州在住のトーマス・カーター。こうまでカモメの声を間近で毎日聞くコロンカ人もそうそういないだろう港湾整備士の一人だ。カモメたちよ、お前たちの目にこの海の昔の記憶が映る事はあるだろうか。


他の観光地と比べてもめっぽう荒れている日が多いだろうこの海を、観光客たちは「コロンカ合衆国の始まりの海」だと言って写真を撮っていく。合衆国の始まり、そう。ここの風景はかつて帆船時代に到着地を間違えたメイリーフ号を迎えた場所である事を、この地元で育った人間なら教わっている。合衆国は今年で建国250年だが、その建国より156年程遡る1620年にイングレン人の植民が始まったプリントン植民地がこの地域。かつて、大西洋の向こうから余りにも一方的な願望と、原住民への失望を乗せた移民船が、荒れるこの海から入植してきたのだ。

入植者である彼らにとって新天地での輝かしい生活の始まりだったかというとそれは違う。開拓商人から雇われた彼らは何かしらの貧困者や逃亡者である。そのうちの逃亡者の精神を大きく成していたのはトゥールタン思想。イングレンで王座を奪い合う血みどろの政権争いを繰り広げる教派からの分離派だった。

当時の原住民たちは皆、土地と作物を分け合う精神を持っていた。そんな原住民文化に何度となく助けられた入植者たちでありながら、イングレン人は原住民との戦争を起こして迫害する歴史を作った。その歴史を忘れない子孫の多くは入植400年や建国250年という節目を素直に祝えなかったとも言われる。それでも自らを神の正当な選民とするトゥールタン思想は、ある時は崇高であるかのように規範的となり、そしてどこか政権への執念の強さ故に、後のこのコロンカ合衆国の国家理念に深く根ざし、勤勉さ、自己責任、共同体意識、禁欲、などの象徴的な礎になったと言われている。だが、彼らの思想の問題はそのような社会性の礎だけではなかった。


生命における他責主義。


人類社会には宗書と呼ばれる経典がある。言ってしまえばとある一時代の書物群だ。その中の世界の成り立ちを説く文書によると、世界の外には意思や感情を持つ創造主がいて、その創造主がこの世界を作ったうえに干渉しているのだという。つまり私たち人間はみな誰もが、神の意思なる謎の力で作られた人生の中を生きてるという事になる。そこまでについては、多くの教派に分かれた救界主教に共通となる性質かもしれしれない。だが国教会から迫害され彷徨ったトゥールタンはさらに新たな神の意思を上乗せしていく。神に選ばれし信者、いわゆる選民思想とは大抵の宗教組織の内部に形成されがちなものだとしても。トゥールタン分離派に於いては、コロンカ大陸に移民した自分たちを「新世界に導かれた使命ある者である」とする思想を明らかにした。


「コロンカ大陸とは神が選びし民族に与えた土地である」、即ち「コロンカ大陸移民者は世界を制してよい」という理屈に直結するらしい。


西部開拓時代を終える頃とともにトゥールタンは活動的な救界主教派ではなくなる。しかしその強固な選民思想の新たな受け皿となったのはコロンカ罪赦派である。宗書の記載内容を絶対視して重んじる姿勢は変わらずだが、それは民衆をあまりにも従属的に支配する術を用いる宗派だったかもしれない。


「人類はみな罪を背負っているので、赦しのため信じて償いなさい。」という教え。


救界主ジェイスの死を人類のための犠牲か何かであるとし、なんと人類全員にそれを信じろと言っているようにまるで聞こえる。つまりその罪を私たち一人一人の全員が償えと言うのだろうか。だとすればそれは何の命令だろう? どこに責任の所在があるのか、それを決めているのは誰だ?

他責主義の神とは、そういう事なのである。


このコロンカ大陸がもしそのように神の意思で成り立っているものだとするなら、この2000年程の人々が生み出した科学も医学も工学も、その他数多くの技術も、全て神の意思だというのだろうか。いや私はさすがにコンピュータ技術まで神が予め考えていたとは思わない。

そして救界主教の全般的な歴史がそうであるのと大きくは変わらず、トゥールタン移民の頃と同じまま、我がコロンカ合衆国は今日もこうして、どこか他国と戦争をしているのである。


私のかわいい孫、チャールズすらも。さも自分が立派な成人になったからと言いたさげに、出兵していく。

私は孫に聞く、「この合衆国では兵士が対戦国の人命を奪っても許される。チャーリィも宗書の記述を信じるのかい?」

孫は出がけに答える、「今はAIが攻撃指示を出してくれるからね、僕はそれに従うだけだよグランパ。」

今、この合衆国の若者の間に流行ってる戦争参加を、世間は「ネオ・トゥールタン」と呼ぶそうだ。




―― 完 ――

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